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2012年 05月 17日

第7回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

5月の生暖かい夜を人目を忍ぶ様に音も立てずにシトシトと雨が降っている。
僕は濡れた石畳を傘も差さず歩いていた。
柔らかな雨が顔を微かに濡らし気持ちが良い。
そんな気持ちの良い雨に打たれながら僕は昨日に引き続き「退蔵院ふすま絵プロジェクト」の絵師村林さんを撮影するために妙心寺を訪れていた。

妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場の玄関の戸を開けると迎え入れてくれたのは絵師の村林さんではなく、ひょろっと背の高い男性だった。

「あ、どうもこんばんは〜、初めまして」

僕が玄関に入るなりそう声をかけて下さった。

「あ、ど、どうも初めまして〜」

明らかに挙動不審な僕の返答ににこやかな笑顔を向けてくれる男性。

「わたくし、関西テレビの記者をしております中嶋と言います」

そうだった。
実はこの日は関西テレビが村林さんの取材に来るということを聞いていたのだった。

「あ、どうもどうも。吉田と言います。よろしくお願いします」

中嶋さんと玄関先であいさつを交わした後、制作現場に入ると笑顔の村林さんがちょこんと畳に座っていた。
昨日と同じく畳にはふすま5面が並べられており、そこに描かれているのは夏野菜達である。
昨日見たばかりだというのに、またもやその壮観な図に今日も感嘆してしまう。

「吉田さん、この夏野菜達に新たな仲間が加わったんですけど、分かります?」

そう言われて僕は夏野菜の絵を丹念に眺める。
葉の一枚一枚、茎の一本一本。
うねうねと地面を這う様に群生するその夏野菜の森を掻き分けていくと、あった!
それは鉛筆で仮の命を吹き込まれた小さな蟻だった。
村林さんに早く墨を入れてもらいたくて、うずうずしているのだろう。
早く動き出したくてたまらないといった様子だった。

「畑に観察に行った時に、実際にこうやって蟻達がいたんですよ。」

村林さんにそう言われて僕はまたじっとその蟻を見つめた。
2匹の蟻が夏野菜の葉の上を並んで歩いている。
夏野菜の森を探検中なのだろうか。

夏野菜達の圧倒的な存在感にばかり目がいってしまっていた僕だが、よくよく考えればこの夏野菜達をゆりかごとして生きる生物達が実際にいるのである。
土があって、太陽があって、雨が降って、虫達が介在してくれるおかげで、夏野菜達も生きる事が出来るのだ。
そして、虫達もまた夏野菜達の恩恵を享受しながら生きているわけである。
そういう互助の中で生きているということをこの小さな蟻達は改めて僕に教えてくれているような気がした。

僕達がふすまを眺めている間に、先程の関西テレビの記者さんと撮影クルーの方達が制作現場の中へと現れ、大きなテレビカメラを構え、撮影を始めた出した。
いつもと違う雰囲気に小心者の僕はちょいとばかし緊張気味だが、当の村林さんは至って平静であり、普段と全く変わらない。
テレビや新聞や雑誌など多くのマスコミの取材を普段から受けているせいもあるかもしれないが、基本的に村林さんの心は太いと思う。
小心者の僕はそういう村林さんが非常に羨ましいのである。

「じゃあちょっと描きますね」

村林さんはそう言うと、「ふすま」ではなく鉛筆を持ち、「スケッチブック」に絵を描き始めた。
昨日見せてもらった大きなスケッチブックにはたくさんの動植物がのびやかに描かれている。
村林さんはそのスケッチブックのまだ何も描かれていないページをめくり、自分で撮影した牡丹の写真を見ながら、さらさらと、実に小気味よく描いていく。
その描きぶりはとてもリズミカルで、まるで音楽を奏でているかのようだ。
真っ白な空間はあっという間に元気で大きな牡丹の花に変わり、大輪を咲かせた。
そしてまた新しい真っ白なページを繰り、また牡丹を描いていく。

「よし、描けた〜。この2枚目の牡丹はなかなかうまく描けました」

そう言って鉛筆を置き、満足そうな表情を浮かべる村林さん。
花にしても動物にしても虫にしても、一見同じ様に見えるそれらはよく見ると一つ一つ異なる。その異なる表情を掴み、紙の上に表現していくには、普段からよく観察し、何度も描いて、自分の身体に刻みこむしかないのだという。
そういう積み重ねがあって初めて「生命」を吹き込む事ができ、そして人を感動させることができるのであろう。
僕の眼の前にいるこの人は安息する暇もなく、まだまだ高みを目指しているその真っ最中なのである。

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スケッチブックに描き終えるとすぐに硯と墨と水を準備し、濃淡4種類の墨液を作り出す村林さん。
そして筆を持ち、ふすまの中の世界に没頭していった。
ふすまと向き合っているときの村林さんはただならぬ「熱」を発している。
その「熱」をオーラとか、気とか言うのだろうが、とにかく僕の稚拙な文章だけではこの現場の雰囲気や熱が伝わらないのが申し訳ない。
関西テレビのスタッフさん達もそういう緊張感に包まれた空気の中、じーっと押し黙って、その作業の様子を見つめている。

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僕はその熱に押される様に汗をかきながら村林さんの姿を上から下から横からカメラで捉える。
撮っても撮っても村林さんの本当の姿がファインダーから逃げ去って行くようで、だから僕はそれを何とか捉えようと何枚もシャッターを切る。
しばらくそうやって格闘していると、ようやく村林さんが筆を置き、にこやかな表情になった。

どれどれ、何を書いていたのだろうと見ると、先程鉛筆で描かれていた蟻だった。
きちんと墨が入り、生命を吹き込まれた蟻だった。
先程まで仮死状態だった蟻は、ようやく夏野菜の森を動き回ることができるようになったのである。
関西テレビのスタッフの方もそれを見て「おぉ〜すごい」と感嘆の声を上げていた。

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話は変わるが、現存する人類最古の絵は約4万年前のものであるらしい。
僕も写真で見た事があるが、4万年経った現在も鮮やかな彩色が色褪せる事なく残っている。
そのモチーフとなっている多くが動植物で、洞窟の壁に描かれている。
それらを見ると4万年前の人類が自然と密接につながり、自然に対して畏怖の念を持って生きていたことが伺い知れる。
あくまでも人間というのは自然の中の一部であり、自然に翻弄されるしかない非常に弱い存在なのだという自明の論を改めて思い出させてくれるのである。
と、同時に人間は自然のもたらす恩恵によってでしか生きることはできないのも事実である。
だから、人類は絶えず自然という大きな力の前に畏怖の念と感謝の気持ちの両方を持ち、敬うことによって何とか自分達の「生」の居場所を確保しようとしていたのではないだろうか。
4万年前に描かれたという人類最古の洞窟壁画を見ると、そういう原初的な自然への念を感じるのである。

さて、村林さんのふすま絵である。
彼女は希有なその才能を持って、自然の織りなす造形をふすまに描いている最中である。
そこには村林さんなりの自然への慈しみであったり、儚さであったり、美しさが表現されている。
それを見る度に僕は人類「最新」の描き出す自然の姿はやはり人類「最古」の描いた自然と同じ、「自然を敬う気持ち」で溢れていると感じるのである。
それはそのまま村林さんの人間性そのものと言ってもいい。
そういう人間が生み出す絵を今この瞬間立ち会えていることは何とも幸せである。
熱気に包まれた制作現場を後にすると、外の雨は止んでいて、暖かい風がなびいていた。

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一服する村林さん


<お知らせ>
関西テレビの「アンカー」という夕方のニュース番組の中で「退蔵院ふすま絵プロジェクト」のことが特集で放送されます。
村林さんを中心に、プロジェクトに関わる人達も出演予定です。
(僕も出るかも)
放送日は近日中です。
決定次第お知らせ致します。



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by yoshida-akihito | 2012-05-17 10:51 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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