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2012年 09月 13日

第9回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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2匹の巨大な鯉が華池の中をグルグルと廻っている。
鯉があまりにも力強く廻るため、華池の波はうねり立ち、咲き乱れる蓮華の花びらに飛沫がはじけ飛んでいる。
グルグルと廻り続ける鯉達はそのままの勢いで天へと昇っていきそうである。
いや、もしかしたらここは天なのかもしれない。
きっと極楽という所はこういう所なのだろう。

2012年8月26日、僕は村林さんが制作している寿聖院を訪れた。
「夏」と「秋」を描き終えた村林さんが次に着手した絵が、前述の躍動する「鯉」の絵であった。
12畳ある広間には8枚の襖が寝かされ、そのうちの4枚に巨大な「鯉」の絵が描かれ、他の4枚には凛とした佇まいの蓮が描かれている。
既に8割方は出来ており、完成に向けてせっせと墨入れを行っている所だった。

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「これまで「春」「夏」「秋」と描いてきて、ようやく墨の濃淡や筆の使い分け、線の出し方なんかに慣れてきたんです。これからペース上げてバンバン描いちゃいますよ〜」

と言う通り、これまで描いてきたものとは一見して何か線の描き方や、濃淡、勢いが違う様な気がする。
何と言うか、村林さんの頭の中で浮かぶイメージが手を通して道具に忠実に伝わっている感じなのだ。
そうして描き出された線はこれまで描いて来た線とは明らかに異質なものである。
躍動感の中に静寂さを、静寂さの中に荒々しさを、荒々しさの中に繊細さを、繊細さの中に命を感じるような、色んなものを感じられる線なのである。
その線がやがて、「鯉」という一つの形を成し、今僕の目の前で躍動しているのである。
しかし、この絵全体から伝わってくる、これまでとは全く異なる「何か」が何なのかがよく分からない。
僕は絵を眺めながらしばし呆然としているのだった。

そしてそんな僕の横で、ニコニコ笑顔の村林さん。
僕は時々、この至って普通に見える女の子のどこにこの絵を生み出すだけの力が備わっているんだろうと不思議な気持ちになることがある。
失礼な言い方だが、この絵達と、目の前の村林さんとが全く結びつかないのである。

「もうあと2〜3日でこの絵を仕上げる予定なんで、それじゃあちょっと描き始めます」

そう言うと、イヤーフォンを耳に入れ、大音量で音楽を流し始める村林さん。
その音はかなり大きく、歌手のYUKIの歌声が僕の耳にも届いてくる。
そして筆を持つと、静かに、大胆に墨を入れていく。
先程までのニコニコ笑顔は消え、襖と真剣な表情で対峙している。
彼女のほとばしるエネルギーが部屋を覆い、ビリビリする。

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その表情はまるで鬼神の如きである。
絵師・村林由貴の体に「鬼」が憑衣して描いているんじゃないかと思う程だ。
しかしこんな絵を描き出すことの出来るのは「鬼」以外どこにいよう。
カメラのファインダーから彼女のその表情を見つめながら、僕はある種の怖さのようなものを覚えるのだった。

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と、同時に僕が抱いたこれまでとは異なる「何か」の正体が分かったような気がした。
それは一言で言えば「凄み」ではないかと思う。
それは彼女の中に元々準備されていたものだと思うが、日々の鍛錬がなければ凄みは出ない。
コツコツと積み上げてきたことによって、今、最大限にそれが発揮されつつあるのだろう。
そしてその結果、見るものを圧倒させる力が増して来たということなのではないだろうか。

襖に描かれた2匹の鯉。
村林さんの手が入るごとに、鯉は躍動感を増し、襖から飛び出そうだ。
まるでこれからの村林さんを象徴する様なそんな絵だなと思った。


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by yoshida-akihito | 2012-09-13 18:11 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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