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2012年 09月 14日

第10回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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京都の夏は異常に暑い。
四方を山に囲まれ、完全な盆地を形成していることが原因なのだろう、暑さがいつまでもしつこくまとわりつき、夏の終わりはまだまだ遠い先のことのように思える。
僕は京都に住み出して8年程になるが、未だに京都の夏は堪える。

2012年8月28日。そんな残暑まだまだ厳しい京都の街を自転車でえっちらよっちらと漕いで着いたのが、京都市左京区にある京都造形大学のすぐ側、閑静な住宅街の中にある「画仙堂」さんだ。
ここは掛け軸や屏風、襖などを作る表具屋さんである。
実はこの画仙堂さんこそ「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」で使われる襖を制作しているところなのである。
今日はこの画仙堂さんにて、絵師の村林さんはもちろんのこと、退蔵院・副住職の松山さん、「遊牧夫婦」の著者であるライター・近藤さん、雑誌社の方達、テレビ局の方達などたくさんの方達が集まり、襖制作の見学をするのである。

到着すると何とも人の良さそうな男性が門の前で待っており、その人の手招きで僕達は中の和室に通された。
和室はエアコンがちょうどいい感じに効いており、外のうだるような暑さからやっと解放され、一心地ついていると、先程和室に通してくれた男性が話し始めた。


「ええ、今日はお集まり頂き、どうもありがとうございます。わたくし、物部と申します。ええ、わたくし共の所で退蔵院襖絵プロジェクトで使われます襖を制作させて頂いております。本日はその襖がどのように制作されているのか、まあ簡単にですね、その解説をさせて頂きまして、その後に実際の襖制作の見学をして頂こうかと思っております。どうぞよろしくお願いします」

丁寧な挨拶を終えると、物部さんは早速「表具」がどのような歴史から誕生し、どのような用途で使われ、どのように制作工程を経て完成するのかを話し始めた。

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前述の通り、「表具」というのは掛け軸や屏風、襖、衝立、額などを布や紙で装飾し、仕立てたもののことだ。
物部さんが言うには「表具」は中国で誕生したもので、日本へ伝わってきたのは今からおよそ1400年程前、飛鳥時代の頃だという。
経巻(経文を書いた巻物のこと)のために作られたのが最初で、以後それぞれの時代の文化とニーズに合わせて発展を遂げて来た。

その中でも襖は平安時代が起源とされているらしく、その頃は部屋を仕切るという実用的な建具として使用されてきたようだ。
襖に絵を描くということが一般に広まり始めたのは「書院造」が成立しはじめた鎌倉時代頃からで、その後大名の城から寺社、茶室などはもちろん、庶民の住宅にも描かれるようになるなどその範囲を広げていった。

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さてそんな庶民にもおなじみの襖だが、この襖が実に複雑な制作工程を踏んで仕上がっているのをご存知だろうか。
大きく分けると8回もの工程を経ているのである。
襖の骨となる骨格作りから、乾燥や湿気による収縮を防ぐために和紙を何度も貼る作業、襖自体を強化していく和紙貼り作業など、かなりの手間と時間をかけてようやく一枚の襖が出来上がる。
一度そうして出来上がった襖は優に100年間はもつそうである。
そして驚いたのはこれら制作工程の全てが修復されることを見越して作られているということである。
例えば和紙を貼る糊はわざとはがれやすい様に作っているらしく、水に浸すだけであっという間にはがれるのだそうだ。それは修復の際に襖を痛めないようにという配慮からで、そのために糊の材料、調合する時の濃度などあらゆる角度から考えて作られている。
そうして修復を終えた襖はまた100年間は使えるそうで、修復をしていけば何百年も持つのだそうだ。
何とも壮大なモノ作りである。
長い歴史と年月をかけて磨かれ、受け継がれて来た職人さん達の知恵と技術の結晶がこうやって一つのモノとして出来上がっていくこと、そしてこんな壮大なモノ作りが現代にも脈々と生きていることに深い感動を覚えた。

さて、物部さんの話が終わると、一行は襖を制作している現場へ入らせてもらった。
中に入ると刷毛や和紙、骨組みだけの襖、既に和紙が貼られた襖など、様々な道具と襖が所狭しと置いてある。
この現場から襖が誕生していくのだ。

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僕達が最初に案内された場所は糊作りの現場からだった。
糊の原料となる小麦粉を水に溶かし、それを練って、様々なタイプの糊を作る。
季節や湿度など、その時その時の気候に応じて微妙に配合を変えて作るのだそうだ。
出来上がった糊を触らせてもらったのだが、非常に柔らかく、まるで出来立ての餅のようで、何だか食べたくなった。(食べても害はないんですが)
前述の通り、この糊は水に浸すと溶けて和紙が破れることなくスムーズにはがれるのだそうだ。

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その糊を使って、和紙を張り重ねていくわけだが、次はその作業をやっている現場に案内してもらった。
そこでは若いお弟子さんが「蓑貼り」という作業を行っていた。
刷毛に糊を付け、それを魔法の様な手つきでささっと塗ると、和紙を張り重ねていく。
その作業を丁寧に、根気よくやっていく。
彼の額から汗が滴り落ちていた。

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この作業を何回も何回も重ねてようやく次の工程に行くという。
一つの工程でもこれほどの手間がかかっているのだから、全体としては恐ろしい程の手間がかかっているということは僕でも容易に想像できた。

「わたしたち職人はこの退蔵院襖絵プロジェクトでは「道具」としていいものを残していくという使命を持ってやっています。 100年後、200年後、300年後にこの襖が修復された時に、未来の職人達が、『平成の職人達はいい仕事してたんやな』って思ってくれるように今、頑張らせて頂いています」

と言う物部さんの言葉が示す通り、ただただいいモノを作っていくということだけを考えた結果がこのモノ作りに懸ける惜しみない努力なのである。
作業の見学が終わる頃には僕はこの職人魂にすっかり感服してしまった。

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と、同時に僕は絵師・村林さんの仕事の重大性を改めて認識したのである。
職人さん達が情熱を込めて作った最高の一品に最後の最後に命を吹き込むのが絵師の仕事である。
これは並々ならぬプレッシャーである。

彼女は今日一体どんなことを思ったのだろうか。
怖くなっただろうか。
逃げたくなっただろうか。

いや彼女の中ではもうそんなこと今まで十分感じてきて、くぐり抜けて来たことだから今更そんなことは感じないだろう。
それよりも、きっと一人のプロフェッショナルとして、一人の表現者として、最高にいいモノを創っていくというその想いにより拍車がかかったのではないだろうか。
あくまでマイペースに、あくまで村林由貴という自分のスタンスを保ちながら、何百年も残る素晴らしいモノを創り上げていくに違いない。
彼女の真剣な眼差しを見ていてそんなことを思うと同時に、様々な人間の情熱が今まさに新たな歴史を紡ごうとしているのだと感じた。
そしてこの瞬間に立ち会うことができる喜びをひしひしと噛みしめるのであった。


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by yoshida-akihito | 2012-09-14 19:43 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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