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2013年 03月 03日

第11回退蔵院襖絵プロジェクトレポート

第11回退蔵院襖絵プロジェクトレポート
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このレポート、昨年2012年9月14日に更新をストップしたまま年を越し、既に今年3月を過ぎ、東京日本橋の東海東京証券で開催された「京都妙心寺退蔵院 村林由貴襖絵展」なんて大きな展覧会もつい先日終わってしまった・・・。はぁ・・・。

この期間、決して更新を怠けていた訳ではない。
更新が滞ったのには理由がある。
その理由とはこの期間の絵師・村林由貴の姿を形容するような言葉がずっと思いつかなかったということだ。
ただのレポートなんだから気楽にやればいいんだという方もいるだろう。現に村林さんも

「そんなに無理しなくていいですよ〜。」

と言ってくれていた。
しかし、一心不乱に絵に向かう村林さんの姿を目の当たりにすれば、気楽な言葉でレポートなんてできない。
自分がちゃんと納得できる正直な言葉で彼女を綴らなければ、作品創作に命を懸け、凄まじい闘志を燃やす彼女に対して非礼極まりない。またそれは僕自身に嘘をつくことにもなる。
以上の様な理由からレポートが更新されないという事態に陥ってしまったのである。(いや、ほんとですよ)

しかし僕の言葉のレパートリーが少ないというのは認めるにしても、何故彼女の姿を言葉で描くことができなかったのであろう。
口の中でずっと言葉をモゴモゴと咀嚼したままなかなか吐き出すことができないという感覚だった。
何なんだろう。その理由をずっと考えていた。
そして今は何となく分かるのである。



昨年のちょうど9月下旬頃より、村林さんは彼女がアトリエにしている壽聖院(じゅしょういん)の書院の襖5面の制作に取りかかり始めた。
この襖5面を描けば、書院の襖全面が完成し、とりあえず一区切りつく。
これまで壽聖院の襖に「春」「夏」「秋」の光景を描いてきた彼女にとって最後に残されたこの襖5面を「冬」の光景で締めるのは必然の流れであった。

まだ残暑厳しい9月下旬に、どんな「冬」の光景を立ち上げてくるのだろう。僕はまだ真っ白な襖を見ながらそこに描かれるものを想像した。
彼女に聞くと、“雪がのしかかり、その雪の重みに耐える逞しい松を描きます”とのことだった。
それから彼女の新たな創作の日々が始まったのだが、今思えばこの「冬」の制作は彼女にとって大きな挑戦であり自身の度量を試される一つの山場でもあった。
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真っ白な襖を前にイメージを膨らませる村林




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描き始めたばかりの「冬」



事実、彼女はこの制作に苦戦を強いられている様に見えた。
苦戦というと語弊があるかもしれない。
これまで自分が吹き込んできた絵を認め愛しつつも、更に己の表現の領域を広げ新たな境地に達するために彼女が積み上げてきたものを一旦「壊し」にかかっているように見えた。

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段々姿を現してきた「冬」。これまでの彼女の作品のタッチにはなかった「荒々しさ」が垣間見える



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深夜遅くまで制作に打ち込む村林。アトリエの電気が消える事はない



まだまだ自分には描ける。こんな所で甘んじていてはダメだ。次の扉を開けて新しい世界を見たい。そんな己に対する期待と危機感を両方合わせ持った姿が、当時彼女を近くで見ていた僕の眼には「苦悩」という形で映ったのかもしれない。
しかしながらその姿からただの「苦悩」だけではない「何か」を彼女の中に感じていたのも事実である。
その「何か」を考え、言葉にしようとすると途端にその正体が分からなくなり、霧散するのであった。
あの時村林さんに感じた「何か」とは一体なんだったのか。

今思うにそれは「空っぽの村林さん」だった。

絵に向かっている時の彼女をじーっと見ていると、時々フッと彼女の中に彼女を感じられないことがあったのだ。
村林さんなのに、村林さんじゃない。村林さんじゃないのに村林さん。
それはあたかも絶えず打ち寄せては消える波のように彼女の身体と精神が彼女の中を交互に行き来しながら揺らいでいるような状態だった。
そこに村林由貴という実体はなく、ただ筆を持って絵を描くという行為そのものだけが具象化されたような姿だった。
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取り憑かれたように「描く」村林。静寂漂うアトリエには筆がなぞる音と、カメラのシャッター音だけが響く



だからあの時僕は「空っぽの村林さん」だと感じたのだろう。
あの時の村林さんは「今座禅をしている自分の存在を忘れその行為そのものに没頭する」という「禅」の世界で言うところの「只管打坐(しかんたざ)」の状態に近かったかもしれないと思うのである。
もしかしたらこの時村林さんは自ら描いているというよりも彼女自身が何かの媒介となって絵を描かされているというような心境に陥っていたかもしれない。
その時彼女の眼には果たしてどんな光景が広がっていたのだろう。
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村林はどんな世界を漂っているのだろうか



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今しがた筆が入れられた痕跡。この痕跡はやがて襖に定着し長い年月残っていく



制作を始めてから約1ヶ月、真っ白だった襖に立ち現れたのは、襖いっぱいにそびえ立つ松だった。
黒々とした太い幹を讃えたその松には淡い雪がどっしりと乗っかり、しかしその重みに負けまいと気張っていた。
僕はそれを見た時、「いいものを見た」と思った。
そこには等身大の彼女の姿が見事に映し出されていたからだ。
孤独な表現の世界に身を置き、その中で己の「道」を必死で作っていくことに真っ正面から向き合い、もがき、苦しみ、涙し、それでも絵を描くことを選択し、必死に筆を動かし続けた彼女。ともすれば自分自身の弱さで消え入りそうになるのをぐっとこらえながら誰よりも自分のことを信じて馬鹿みたいに真剣に、必死になって描いたであろうその痕跡がその絵からは感じられた。

それは最早、無様で滑稽で醜かった。
しかし同時に美しくもあった。
光と影、創造と破壊、生と死、物事には何事にも表裏一体の関係性があるように、無様さも滑稽さも醜さも極まるところまでいけば、どうやら「美しさ」というシグナルに変換されるようだ。
だから彼女の残した痕跡、つまり「冬」の絵は「醜さ」と「美しさ」が同居した絵であり、そこから当時の彼女そのものの姿を発見することができる。

「冬」の制作が終わってずいぶん経ったある日、僕は改めて「冬」の前に立ちながらそんなことに思いを巡らし、対話し、やっとこさ当時の彼女を形容する言葉を得たわけである。
黒々しく荒々しい墨のひとつひとつの痕跡が絵師・村林由貴を鍛え上げたかと思うと、僕は心が震えた。そして得体の知れないエネルギーをもらうのであった。


さて、書院の襖絵全面を描き終え、東京日本橋で行われた「襖絵展」も大盛況の内に無事終えた彼女は今、壽聖院の本堂を描く準備に入っている。
そんな彼女が次は一体どんなものを描くのだろう?というところに今までは目が移りがちだったのだが、それよりも今は彼女がどんな「自分」を表出させてくるのか、その過程に非常に興味があるのである。
一体どんな過程を踏んでいくのだろう。
そしてどんな彼女が絵の中に表出してくるだろう。

今後も彼女の動向をレポートしていくので乞うご期待!


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by yoshida-akihito | 2013-03-03 21:33 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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