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2013年 10月 19日

壽聖院編その9 村林由貴・制作ノート「稲のお話・中編/いざ、高知へ」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互連載の形でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今日は前回に引き続き村林由貴・制作ノートから「稲のお話・中編/田植えとスケッチ」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



村林由貴・制作ノート④

『稲のお話・中編 /いざ、高知へ 』
 写真・文 村林由貴


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2013年、7月を迎えた。

稲のスケッチをした、ロール紙に描いた。
ロール紙はすでに1本を使い切っていた。
しかしまだまだこれからだ。私の想い描く稲を、もっと豊かに育てたい。

次に始めたのは、“壽聖院本堂に描く襖絵の構想・構図を完全にイメージして描く”ということだった。つまり、私が稲の育つシーンの中でも襖絵に描き出したい “穂が実り風にゆれるシーン” を想い、草稿として描き出すことである。

何十枚もの襖サイズの紙を、取り出した。

先に決めていた襖絵に描く雀の配置に寄り沿うように、稲の配置をイメージして…。
何度も何度も描いた。



7月11日 。

本プロジェクトのプロデューサーであり、今や私の師匠のような存在でもある・椿昇先生が様子を見に来てくださった。

椿T「うん。前よりよくなった。でもむらば、本物を見に行った方がいい。実った稲穂のシーンは、まだ見たこと無いんやろ?」

村 「…はい。私もそう思います。描きながら、だんだん "こうなんかな?こうなんだよね?" っていい聞かせながら、資料を辿って描いている自分に気がつきました。」

椿T「うん、それじゃあかん。どこも抜け目なくやらんと絶対突っ込まれるし、自分で自信が持てへんで。どっかで稲穂見れへんかな!?」

稲のふつう作は大体、刈り取りが9月に行われる。
でもそれでは目標の襖絵完成日に間に合わない。だから2人は、携帯で二毛作・早植えを検索し始めた。そして沖縄・宮崎・高知で行われていることが分かった。

椿T「むらば、今電話するんや!」
村 「はいっっ!!」

と、なかでも京都から一番近い高知を目指し、ブログに二毛作を載せていた組合へ電話して。

すると『高知空港あたりからずっと稲穂畑は続いていて、8月のお盆前に刈り取りが始まる。』と分かった。

椿T「よっしゃ!8月頭、行ってこい!」

村 「はい!行きます!!でも…8月に高知行って帰って来て襖絵描くとしたら、(完成目標日まで)残り2週間で描かなきゃいけないですね…!(汗)」

椿T「え?そんなん大丈夫や!お前なら行ってすぐインプットできる。それで一気に描けばいいねん。それにもし襖絵ツアーに間に合わなくても、"そんな簡単に、稲は実りません!" って堂々と座っておけばええねん(笑)。」

村「そうですね(笑)!それに私なんだか、絶対にできない(不可能)という気はしないです!高知行くまでも、特訓しておきます!」

椿T「おっしゃ!良かった、良かった!グッドタイミング!!」

2人でグーを合わせた。
これは先生と私の、『頑張るぞ!大丈夫!いける!』の合図だった。


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次の日。

村「新命さん(松山大耕副住職)、私、どうしても稲穂を見なきゃ納得できないので、8月頭に高知行ってきます!!それから一気に襖絵描きます…!!」

そう伝えた時の、副住職の目が点になった顔は今でも覚えています(笑)。

「ムラバ、それ、間に合うんか?(笑)」
「分かりません(笑)。でも行かなきゃ描けないんです。」
「そうか。よし、分かった!気ぃつけて行ってこい!!」
「はい!ありがとうございます!!」


私が絵に専念できるのは、周りの方々が意志を尊重してくださって、かつビシッと背中を押して下さるからだって、本気で思う。

そして、日差しが強く眩しい8月2日~6日の間、高知へと向かった。


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高知では、ひかりプロジェクト(農業をはじめ各産業をバックアップし、外国とも交流しながら地域活性をテーマに進めている事業 )の発起人である・近藤公典さんが迎えてくださいました。

高知に行こう!と心を決めた時、 副住職に “現地の農家さんにもお会いしたいのですが、知り合いの方はいらっしゃいませんでしょうか…” と尋ねたところ、近藤さんへご連絡してくださったのです。



ご紹介いただいた私は、近藤さんに突然たるご挨拶とご相談を申し上げました。そして、どぎまぎしながらお返事を待っていると…。



近藤さんはすぐに、「ご協力します。到着なさったら、私がご案内します!」と、この上なく有り難いご返事を下さったのです…!

*


8月2日、高知空港に到着。



温かく迎えてくださった近藤さんはまず私に、見たい景色のイメージを尋ねてくださいました。それも、“そのイメージに合うような所を紹介したいから” と。

一面に広がる稲穂畑を求め、自分のことのように懸命に、いくつかの場所へと連れて行ってくださいました。

移動の車中、
「どうして襖に稲穂を描くんですか?」と、近藤さん。

「それは、本堂というお経をあげて大切な人を想い祈るその場所で、私は絵で人に寄り添いたい・それぞれが想う大切な人が、いつでも豊かであってほしいという願いから始まりました。」と、私。

「そうですか。ええですねぇ。僕もね、やなせたかしさん精神なんですよ。食べものがない、貧しいというのは争いが起こったり、人が亡くなったりしてしまう。それが起きないように、アンパンマンはどこにでも飛んで行って、自分の顔を分け与えて、助ける訳でしょう?」


*


近藤さんは、田舎の産業構造の弱さや、問題を先送りにしている現状に気が付いたそうです。そして考え始めたのが、『高知県では一次産業が多い。まずは農業・漁業に関わることで新たな試みが出来れば…。』ということ。



起業に踏み出せたのは、


「 傍観者になってないか?自分に何か出来ないか? 子供たちに自分の背中を見せれるか?と自問し続けて。息子の顔を見た時に、決心しました。」と。




まっすぐな眼で、お話をなさる近藤さん。



その眼は次の世代をも見据えていて。
今ある地域を・世界を・しくみを変えようと試み、凛々しく歩んでいる姿に映った。そしてふと副住職の姿も、重なってみえた。

あぁ、自分はなんて立派な方々に出会っているんだろう…。

学ぶことばかりだ。


私も今出来ることを、懸命にやって生きよう。



胸の奥で、力が湧いていた。


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数分後。



広々とした黄金色の景色が車窓から見えて、車が停まった。



やわらかな風に揺れ黄金色に輝く稲穂の姿が、心に豊かさと平穏を運んでくれた。私はそれに魅了されながら、『ここでその姿を・この空気を、絵で持ち帰れますように。』と願った。

そして私はその翌日から毎日、スケッチブックとペンを手に稲穂畑に通ったのだった。


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現地の農家さん、左から福田さん、私、入野さんと。お写真の撮影は近藤さん。
日に焼けた姿も優しく下がる目尻も、土佐弁のリズムも働く手も、とても温かかったです。



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近藤さんたちが育てているお野菜畑。大きな山を背に作業をする多田くんは、私よりも3つ年下だそうです。炎天下の中、想いを込めて地道な作業も大切に、育ててらっしゃいました。



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光を受け風になびく稲穂畑を見たとき、「天国だ…。」って、声が漏れました。


明日も村林由貴・制作ノートから「稲のお話・後編 /ただひたすらに求めて」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-19 21:32 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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