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2013年 10月 21日

壽聖院編その11 吉田亮人・撮影レポート「ラストスパート・前編」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互連載の形でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今日は吉田亮人・撮影レポートから「ラストスパート・前編」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。


吉田亮人・撮影レポート⑥「ラストスパート・前編」

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「吉田さん、わかりました。お互いが許す範囲でお互いいいものを作るためにわたしの提案です。〜中略〜 撮るなら最後まで追って欲しいし、そうでないと伝わらない気がします。ラストスパートを長く見つめるということでお願いします。」

村林さんからこのメールを受け僕は8月24日になったばりの深夜1時、妙心寺・壽聖院へと自転車を走らせた。
猛暑続きの京都は夜になってもまだ暑く、ねっとりとした空気が夜を覆う。
妙心寺に到着すると、すっかり闇夜に包まれた境内に街灯がポツンと立っていて、そこだけ闇夜を切り裂く様に石畳を照らし出している。
その街灯に導かれる様に進んでいくと、壽聖院が見えてきた。
自転車を止め、空を見上げると街の灯りのせいか、ほんのりと薄く黄色いモヤがかかっている。
何だか妖怪か幽霊でも出そうな雰囲気だ。
いや、もしかしたら本当に出るかもしれない。
なぜならば今ここで襖にかじりついて絵を描く村林さんの放つ気が、そういうものを寄せ付けないとも限らないからだ。
そしてそいつらはきっと悪さをするんじゃなくて、村林さんが新しく描く風景がどんなものかを静かに見守りに来るのではないだろうか。

僕もそのうちの一人として完成までを見届けるべく、壽聖院の中に入っていった。
煌々と本堂の灯りがついている。
村林さんがこの中で今まさに闘っているのである。

僕は玄関の戸を開け、スルリと中に入った。

「こんばんは」

と一応言ってみるが、物音一つしない。
なるべく音を立てない様にそろそろと本堂の方に向かうが、板床がギシギシと音を立てる。
そして本堂に繋がる戸の所まで行き、意を決してガラッと開けると果たして村林さんがそこに居た。

「あ、どうも。ありがとうございます」

僕に気付くとそう言って笑顔を浮かべる村林さん。
しかし緊張感のある表情をしている。
目が異様にギラギラしていて、緊迫したオーラを放っていた。
それはいつもの彼女とは明らかに違う種類の、他を寄せ付けないものだった。
それを感じただけでも、今彼女がどれだけ神経を研ぎ澄ましながら制作に向かっているのかが分かった。

「吉田さん、稲穂を描くのってすごく集中力を使うんです。その時は一人で集中して描きたいんです。その時は声をかけさせてもらいますので、向こうの部屋で待っててもらえますか」

最初に彼女からそう申し出された。
僕は頷いた。
ここから村林さんと僕の長い一日が始まった。

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本堂にズラッと並べられた襖絵達。
そこには気持ち良さそうに飛ぶ雀達が描き込まれていた。
村林さんが頭の中にイメージし続けた雀達。
習作に習作を重ねてようやく襖に描かれた雀達。

「あと少しで自分が思い描く様に描けるようになると思います。それまでは何回も何回も何回も描いて、体に馴染ませるんです」

そう言っていた村林さんが襖の上に再現したかった世界はこれだったのかと思った。
襖の中を気持ち良さそうに飛び回る雀達はどれも楽しそうに謳っているようで、この世に生を授かって生きていることへの賛歌のようだった。

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そう思いながら、まだ未完の作品に必死に筆を入れ続ける村林さんに僕はそっとカメラを向けた。
ファインダー越しに彼女の姿を見つめながら、僕は目の前にいる村林さんのこの姿を一体どのタイミングで、どんな角度から、どれくらいの距離で、何を入れて何を排除して画面を構成すれば村林さんという人間の放つ魂が写真に閉じ込められるのだろうと考えた。

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いや、もしかするとそうやって考えること自体が無意味なのかもしれない。

そんなことよりも感応することだ。

村林さんの魂に僕の心が感応するままにシャッターを切ればいい。
村林さんが襖に一筆一筆入れる度に、彼女の心の中では小さな動きが起こっているはずだ。
その動きに僕は感応すればいいだけだ。
そう思いながら村林さんの姿をただただ見つめ続け、心が感応するに任せてシャッターを切った。

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夜は静かに、しかし緊迫感を保ったまま過ぎていった。
村林さんは左手に筆を持ち、下書きせずにそのまま襖に筆を入れ続けている。
何も描かれていなかった襖にこうやって絵が描かれるだけで、そこに一つの世界が生じる。
この無から有が生じる作業自体に僕は何とも言えない不思議さを感じるのだ。
思えば宇宙も無から生じたというではないか。
僕達人間だって、無の中からそれぞれが生まれ出てきたわけだ。
人間だけじゃない。この世を創り出している全ての光景が無から生じたものだ。
そしてそれらは一時的にこの世に有形のものとして存在し、いつか必ず無に帰していく。
きっとそれが命というものなのだろう。
そしてその命は「無」という大きな流れの中でグルグルと渦巻きながら新たな命となってこの世に仮の姿を借りて美しく、儚く生きる。
村林さんが今、襖の中に描き出している世界もきっとその大きな命の流れからやってきたものであり、彼女はそれをきちんと誕生させるべく使命を担った人なのだろう。
彼女が白い襖に筆を入れるごとにそこに命の風景が立ち上がってくるのであった。


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安土桃山時代の武将・石田三成家の菩提寺として名高い壽聖院。三成の肖像画をはじめ、石田家面々の肖像画が並ぶその下の襖を仕上げ、取り付ける村林さん。


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バケツ栽培中の稲を本堂に持ち込んで、時折触りながら制作を進める村林さん。


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明日は吉田亮人・撮影レポートから「ラストスパート・後編」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-21 12:00 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト


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