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2013年 11月 26日

大将軍小学校で特別授業

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11月19日(火)に京都市の大将軍小学校にて特別授業をさせて頂きました。
今回は5、6年生を対象に約1時間、バングラデシュとインドの「働く人」の写真や映像を見せながらお話をさせて頂きました。
テーマは「与えられた役割」。

僕が外国に行く度に思う事が、日本は何て素晴らしい国なんだということです。
そう思うのには僕が日本という国に生まれ育ったという側面も大きいとは思いますが、しかしそれを差し引いても、日本という国は他国にはない素晴らしさに満ち溢れていると思います。
戦争はないし、治安もいい、行政サービスだって最低限は行き届いている、ご飯だってきちんと食べられる、それだけとっても随分すごいことです。(某法案が通過しようとしていて由々しき事態ですが)
細かな点を見ていけば様々な問題が横たわっているのは承知ですが、しかしそれでも社会と経済の基盤がある程度しっかりしていて、だからこそ僕達はこの日本という国でそれなりに豊かに不自由なく暮らしていけるわけです。

だからと言ってバングラデシュやインドの人達と比較して君たちは何て幸せなんだ、だから一生懸命生きようということを伝えたいわけではありません。
そもそも「幸せ」ということ自体、客観的には計り難いものですし、一概にこうだ!と言うにはあまりにも複雑な要素を孕んでいると思います。

しかし、それぞれがそれぞれの国に、地域に、文化に、社会に生まれ落ちて、そこで育っていく時、そこで「生きる」という一点においては誰もが共通して取り組まなければならない問題ですし、その点においてはどの国に生まれようが、どの時代に生まれようが、優劣の差はないと思います。

それじゃあ、「生きる」ってどういうことなんだ?

という、素朴な問いが浮かんでくるのですが、この素朴にして深遠な問いに遥か大昔から幾多の人達が考えを巡らせてきたわけで、その答えは様々です。結局それは個々の中にしかないように思います。
ただ今現時点で僕が思うのは、「生きる」ということはそれぞれに今与えられた「役割」を果たす事なんじゃないだろうかということです。
時代も、国も、人種も、親も選べずこの世に生を受けた僕達が今できることは、それぞれが今果たすべき「役割」を一生懸命やることなのではないかと。

日本の子どもたちに限って言えば、別に夢や希望なんて今持ってなくてもいいと思います。
そんなもの持ってなくても、勉強、スポーツ、お手伝い、遊び、見渡せば自分の関わることができる「役割」はいくらでも転がっています。
そのどれもをやるのは大変ですが、その「役割」を何かひとつでもいいからやっていくことがきっと「自分」が形成される上で大事な要素になってくると思うのです。
夢とか希望とかやりたいことなんてその上に乗っかってくるものだと思っています。
自分に今与えられた「役割」って何だろう。
子どもたちにそんなことを問いながら、自分自身に強く言い聞かせる様に話した1時間でした。

最後に大将軍小学校の5、6年生の皆さん、そして校長先生をはじめ、教職員の皆様どうもありがとうございました!!


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by yoshida-akihito | 2013-11-26 11:25 | トークイベント・講演


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