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カテゴリ:退蔵院ふすま絵プロジェクト( 35 )


2013年 10月 20日

壽聖院編その10 村林由貴・制作ノート「稲のお話・後編/ただひたすらに求めて」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互連載の形でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今日は前回と前々回に引き続き村林由貴・制作ノートから「稲のお話・後編/ただひたすらに求めて」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



村林由貴・制作ノート⑤

『稲のお話/後編・ただひたすらに求めて』
 写真・文 村林由貴


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高知から戻った。
畑を離れる時に分けていただいた稲穂を、花瓶にさした。


目を閉じると今でも、一面に広がる黄金色の景色が浮かんでくる。

すぐに襖には描かなかった。まだ描き足りなかった。
高知で描いた2冊のスケッチブックに加え、京都でももう1冊描いた。

『よし、次は紙に墨で描く。』と思い、またせっせとロール紙を取り出した。

ペンで描くのと、筆と墨で描くのとは全く描き方が違う。
アウトラインだけで表現するのと、線や点が面と化して葉や穂を表現するのとは、全く別物である。

襖に描いているつもりで構図を考えながら、久々の墨と筆。


そう。また特訓の日々だ。

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8月10日。


私はスケッチブックとロール紙を広げて待っていた。
椿先生が覗きに来て下さる約束の日だった。

椿T「おぉ、前よりようなった!やっぱり、高知行って良かったなぁ。」

村 「はい、本当に行って良かったです。」

しかし、花瓶から垂れた本物の稲穂を見ながら、先生があることに気がついた。

椿T「むらば、今描いてる稲穂のサイズ、デカ過ぎひん? 現物か、このスケッチに描かれているサイズが、ちょうど綺麗じゃない? ほら、よう見てみ。」と。

村 「あ!確かに…。自分ではサイズダウンしたつもりでしたけど、現物と比べるとこの絵の穂の中身はきっとお米じゃなくて、小豆ですよね…(汗)!でも多分、前は大豆サイズでした…!(笑)」


椿T「うん(笑)。巨大やった(笑)。葉っぱも前はウインナーみたいやった!(笑) 見ながら、"なんか違うよな~おかしいな~"って(笑)。」


村 「ほんと(笑)。なんであんなでっかく描いてたんでしょう(笑)。よし!サイズダウンしておきます!」

そして、もうひとつ。

2人でスケッチを眺めながら、重要なアドバイスをいただいた。

椿T「むらば、もう一段階上にいこう。初めは想像だけで描いて、違うって思って高知行って、現物見て。今はまだ "写生" から離れてへん。ここから、自分の "様式" へと変えていくんや。狩野派の絵も、様式を創り出してるやろ? むらばが雀をものにしたように、稲も絶対、自分のものにできる。」

私はその意味をすぐに理解した。

そしてプロジェクトが始まった時からずっと、先生は私の力を私以上に信じてくださっているのを感じていた。この時もそうだ。
だから私も、絶対できるはずだって思えた。

村 「分かりました!サイズダウンと様式化、お任せください!!」

椿T「よし!次は13日に来るで。16日も来れるから。」

超多忙な先生が、こんなにも時間を割いてくださっている…。


挨拶をして別れた。

『なんとしても、稲穂を自分のものにして、襖絵に向かいたい。』

私が応えられるとすれば、感謝の想いを形にできるとすれば、何よりも、『いい絵を描く』ということだけなんだ。

完成披露会まで、あと2週間だった。



私はそのあと、狩野派や土佐派や…色んな資料を唸る様に見つめた。

「こういうことか!」と、察知してからの稲穂の絵は、生まれ変わった。

…と言っても、稲穂を描くにはまだ凄まじく己の神経を使った。
気を抜くとすぐに、デカ過ぎたり、余計なものを足したり、別のものになってしまう。

自分が注意すべき点を、常に意識できるようノートに書き留め、傍に置いた。

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描いて描いて描いたけれど…。
13日に先生が来たとき、2人の答えは同じだった。

椿T「いい感じや!前と全然違う◎でもあとちょっと、身体に馴染むまで、粘ろう。」

村 「はい。本当は今日OKもらうのが目標でしたけど、自分でもやっと掴めてきたところだと思います。16日は絶対、本番がイメージできる・完成形をお見せします!」

椿T「よしよし。今までこんなにもやってきたんやから、もう何も、焦るな。」

村「はい。…そうですね。大事にやります。」

椿T「よし。じゃあ、16日、お昼美味しいもんでも食べに行こう!」

村「やったーーーーーー!♪」

と、また気合いの芽がムキムキ。

焦っていないつもりでも、どこかに焦りを感じていた自分に気づき、私は胸を撫で下ろした。大事にしようよ、大丈夫だから、…って。

帰り際。

村 「先生、お忙しいのに何回もほんとにすみません。。」

椿T「そんなん全然ええ♪ 今は、大事な時や。」

村 「本当に…ありがとうございます。がんばります!!」

最高の師匠。私は幸せもんだ。



さぁ、諦めず。ここからが表現に豊かさと自由を運んで来てくれるのだ。
今もし諦めたり焦っては、あたしはゴミ野郎だ。

描き続けた。



…と、その時。


苦戦していたものが、ある瞬間から伸びやかに、風に舞い始める。
「きたっ!!!!」と、その変化に興奮しつつ、冷静さを備えて、私は筆を動かし続けた。

いける。見える。



8月16日。

蝉時雨が聞こえる中、壽聖院・本堂に2人。
お庭の方から差す真昼の光は、風に揺れる葉の影の微笑みも一緒に連れて来ていた。

20mに及ぶ草稿のロール紙を、2人で襖にあててみる。


そして、これからここに創り出される、襖絵の世界を想起した。




椿T「素晴らしい。最高。最高。… 、合格!!」


村 「やったーーーーー!!私ももう、襖に描けると思います!!やっと…!!長かったぁ。。」

喜びと、安堵の息が漏れた。

椿T「よしよし◎ほんま、ほっとする、いい場所になるなぁ…。」

村 「はい。私も、そう思います。」

もう大丈夫。イメージする景色がそこに、浮かんでいるから。


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村 「先生のおかげです。あの時、"焦るな"って言われて、はっとしました。粘って、ほんとによかったです。」

椿T「よしよし。良かった。ほな、カレー食べに行こう!(^o^)」

村 「やたーーーーー!!(^▽^。)お腹ぺこぺこです!(笑)」

美味しいカレーを食べて。いっぱい笑って。

その帰り際。

村 「先生、もう大丈夫です!次は完成披露会の24日ですね。お任せください!!」

椿T「よし!楽しみにしてるで!オレも頑張ろ~、創らねば~!!」

村 「はい!お互いファイトです!!」

固く固く、握手して。
気持ち清々しく、先生に手を振った。


さぁ。いよいよだ!!と、青い空を眺めて。
お腹も心も満たされきった私は、まだ真っ白な襖が待つ壽聖院へと戻った。

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心より感謝をこめて。



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明日は吉田亮人・撮影レポートから「ラストスパート・前編」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-20 12:00 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 19日

壽聖院編その9 村林由貴・制作ノート「稲のお話・中編/いざ、高知へ」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互連載の形でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今日は前回に引き続き村林由貴・制作ノートから「稲のお話・中編/田植えとスケッチ」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



村林由貴・制作ノート④

『稲のお話・中編 /いざ、高知へ 』
 写真・文 村林由貴


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2013年、7月を迎えた。

稲のスケッチをした、ロール紙に描いた。
ロール紙はすでに1本を使い切っていた。
しかしまだまだこれからだ。私の想い描く稲を、もっと豊かに育てたい。

次に始めたのは、“壽聖院本堂に描く襖絵の構想・構図を完全にイメージして描く”ということだった。つまり、私が稲の育つシーンの中でも襖絵に描き出したい “穂が実り風にゆれるシーン” を想い、草稿として描き出すことである。

何十枚もの襖サイズの紙を、取り出した。

先に決めていた襖絵に描く雀の配置に寄り沿うように、稲の配置をイメージして…。
何度も何度も描いた。



7月11日 。

本プロジェクトのプロデューサーであり、今や私の師匠のような存在でもある・椿昇先生が様子を見に来てくださった。

椿T「うん。前よりよくなった。でもむらば、本物を見に行った方がいい。実った稲穂のシーンは、まだ見たこと無いんやろ?」

村 「…はい。私もそう思います。描きながら、だんだん "こうなんかな?こうなんだよね?" っていい聞かせながら、資料を辿って描いている自分に気がつきました。」

椿T「うん、それじゃあかん。どこも抜け目なくやらんと絶対突っ込まれるし、自分で自信が持てへんで。どっかで稲穂見れへんかな!?」

稲のふつう作は大体、刈り取りが9月に行われる。
でもそれでは目標の襖絵完成日に間に合わない。だから2人は、携帯で二毛作・早植えを検索し始めた。そして沖縄・宮崎・高知で行われていることが分かった。

椿T「むらば、今電話するんや!」
村 「はいっっ!!」

と、なかでも京都から一番近い高知を目指し、ブログに二毛作を載せていた組合へ電話して。

すると『高知空港あたりからずっと稲穂畑は続いていて、8月のお盆前に刈り取りが始まる。』と分かった。

椿T「よっしゃ!8月頭、行ってこい!」

村 「はい!行きます!!でも…8月に高知行って帰って来て襖絵描くとしたら、(完成目標日まで)残り2週間で描かなきゃいけないですね…!(汗)」

椿T「え?そんなん大丈夫や!お前なら行ってすぐインプットできる。それで一気に描けばいいねん。それにもし襖絵ツアーに間に合わなくても、"そんな簡単に、稲は実りません!" って堂々と座っておけばええねん(笑)。」

村「そうですね(笑)!それに私なんだか、絶対にできない(不可能)という気はしないです!高知行くまでも、特訓しておきます!」

椿T「おっしゃ!良かった、良かった!グッドタイミング!!」

2人でグーを合わせた。
これは先生と私の、『頑張るぞ!大丈夫!いける!』の合図だった。


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次の日。

村「新命さん(松山大耕副住職)、私、どうしても稲穂を見なきゃ納得できないので、8月頭に高知行ってきます!!それから一気に襖絵描きます…!!」

そう伝えた時の、副住職の目が点になった顔は今でも覚えています(笑)。

「ムラバ、それ、間に合うんか?(笑)」
「分かりません(笑)。でも行かなきゃ描けないんです。」
「そうか。よし、分かった!気ぃつけて行ってこい!!」
「はい!ありがとうございます!!」


私が絵に専念できるのは、周りの方々が意志を尊重してくださって、かつビシッと背中を押して下さるからだって、本気で思う。

そして、日差しが強く眩しい8月2日~6日の間、高知へと向かった。


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高知では、ひかりプロジェクト(農業をはじめ各産業をバックアップし、外国とも交流しながら地域活性をテーマに進めている事業 )の発起人である・近藤公典さんが迎えてくださいました。

高知に行こう!と心を決めた時、 副住職に “現地の農家さんにもお会いしたいのですが、知り合いの方はいらっしゃいませんでしょうか…” と尋ねたところ、近藤さんへご連絡してくださったのです。



ご紹介いただいた私は、近藤さんに突然たるご挨拶とご相談を申し上げました。そして、どぎまぎしながらお返事を待っていると…。



近藤さんはすぐに、「ご協力します。到着なさったら、私がご案内します!」と、この上なく有り難いご返事を下さったのです…!

*


8月2日、高知空港に到着。



温かく迎えてくださった近藤さんはまず私に、見たい景色のイメージを尋ねてくださいました。それも、“そのイメージに合うような所を紹介したいから” と。

一面に広がる稲穂畑を求め、自分のことのように懸命に、いくつかの場所へと連れて行ってくださいました。

移動の車中、
「どうして襖に稲穂を描くんですか?」と、近藤さん。

「それは、本堂というお経をあげて大切な人を想い祈るその場所で、私は絵で人に寄り添いたい・それぞれが想う大切な人が、いつでも豊かであってほしいという願いから始まりました。」と、私。

「そうですか。ええですねぇ。僕もね、やなせたかしさん精神なんですよ。食べものがない、貧しいというのは争いが起こったり、人が亡くなったりしてしまう。それが起きないように、アンパンマンはどこにでも飛んで行って、自分の顔を分け与えて、助ける訳でしょう?」


*


近藤さんは、田舎の産業構造の弱さや、問題を先送りにしている現状に気が付いたそうです。そして考え始めたのが、『高知県では一次産業が多い。まずは農業・漁業に関わることで新たな試みが出来れば…。』ということ。



起業に踏み出せたのは、


「 傍観者になってないか?自分に何か出来ないか? 子供たちに自分の背中を見せれるか?と自問し続けて。息子の顔を見た時に、決心しました。」と。




まっすぐな眼で、お話をなさる近藤さん。



その眼は次の世代をも見据えていて。
今ある地域を・世界を・しくみを変えようと試み、凛々しく歩んでいる姿に映った。そしてふと副住職の姿も、重なってみえた。

あぁ、自分はなんて立派な方々に出会っているんだろう…。

学ぶことばかりだ。


私も今出来ることを、懸命にやって生きよう。



胸の奥で、力が湧いていた。


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数分後。



広々とした黄金色の景色が車窓から見えて、車が停まった。



やわらかな風に揺れ黄金色に輝く稲穂の姿が、心に豊かさと平穏を運んでくれた。私はそれに魅了されながら、『ここでその姿を・この空気を、絵で持ち帰れますように。』と願った。

そして私はその翌日から毎日、スケッチブックとペンを手に稲穂畑に通ったのだった。


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現地の農家さん、左から福田さん、私、入野さんと。お写真の撮影は近藤さん。
日に焼けた姿も優しく下がる目尻も、土佐弁のリズムも働く手も、とても温かかったです。



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近藤さんたちが育てているお野菜畑。大きな山を背に作業をする多田くんは、私よりも3つ年下だそうです。炎天下の中、想いを込めて地道な作業も大切に、育ててらっしゃいました。



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光を受け風になびく稲穂畑を見たとき、「天国だ…。」って、声が漏れました。


明日も村林由貴・制作ノートから「稲のお話・後編 /ただひたすらに求めて」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-19 21:32 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 18日

壽聖院編その8 村林由貴・制作ノート「稲のお話/前編・田植えとスケッチ」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互連載の形でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は村林由貴・制作ノートから「稲のお話/前編・田植えとスケッチ」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。


村林由貴・制作ノート③

『稲のお話/前編・田植えとスケッチ』
 絵・文 村林由貴


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2013年5月。

退蔵院壇信徒さまである赤井さんのご案内のもと、 私は吉田さんご家族と一緒に滋賀県にある水田へと向かっていた。

『襖に稲を描く』と決めた時、退蔵院松山大耕副住職から田植えの体験を勧められ、お米屋さんを営んでらっしゃる赤井さんへと、ご縁を繋いでいただいたのです。

現地では日に焼けた農家の吉田さんが(同じ“吉田”というお名前で、ご紹介の時には皆さん笑顔がこぼれました)、家の玄関の鉢に植えられた色とりどりのパンジーやチューリップと共に、歓迎してくださいました。

目の前に広がる水田風景。サンダルを脱ぎ、裸足で土へと向かう。
ぬるっとした生暖かい土は、所狭そうに足の指の間をくぐり抜けていった。

用意していただいていた、数センチの小さな苗。

「4つ位を束にして、このくらい間隔をあけて、植えていってください。」と、赤井さんが丁寧に、ひとつひとつの手順をやって見せてくださいました。私も赤井さんに続き、腰を下げ、手にした苗を土の中へとそっと植えてゆく。

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まだ小さ過ぎる苗はそれぞれに、葉が水面から出たり入ったりしていた。

なんて気の遠くなる作業。

今は勿論機械を使って行われるのだけれど、昔は皆が並んでこの作業を繰り返していたのだろう。想像を絶する大変さなのだと思う。
けれど一方で、一面に広がる畑のそれぞれに、その季節・時期になれば子からお年寄りまで多くの人が集まり、汗をかき声を掛け合う…そんな光景を思い浮かべると、勝手だけれど少し愛おしい気持ちにもなった。

「また刈り取りの時期に来たらええわ。自分らが植えた苗がどんな風になっとるか、見に来たらええ。」と、農家の吉田さんはいくつかの稲苗とご自身が育てられたエンドウ豆を袋に詰めて、私たちに持たせてくださいました。

「はいっ、是非来させていただきます!本当にありがとうございます。」



大地の恵みと人の温もりによって育くまれる、食物のいのち。
まだ小さな苗たちは、夏を越え秋を迎えどのような景色をここに運んでゆくのだろう。

必ずまた来ようと思った。
少しでも傍に、ほんものの世界に、近づきたかった。

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田植えから戻った私は、また新しいロール紙を広げだした。

今度は、その上で稲を育てていこうと思ったのだ。苗の絵から始まり、少しずつ葉が上に伸び、根本からどんどん茎が生え株が大きくなって…。色々な資料を見ながら、想像を膨らませていく。

田植えの時に頂いた苗は、退蔵院と壽聖院でバケツで育てていった。ぐんぐんと勢い良く成長する姿には驚くばかり。私も負けてられない…!!

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ある日、吉田さんが撮影にいらっしゃった時のこと。

吉「由貴ちゃん、俺ん家の近くの畑で1ヶ所だけ、もう穂がついてるところがあったよ!」
村「え!ほんまですか!?まだバケツ稲は葉だけですよ!?」
吉「そうやんなぁ。俺も見た他のところはまだやねんだけど、1ヶ所だけ、見つけてん!」
村「見たいです!!!!」
吉「案内するよ!いつがいい?!」
村「今日がいいです!!笑」
吉「オッケーオッケー!!笑」

と言う訳で、自転車をこぎ、いざ西賀茂へ。

到着すると、「ほんまやぁぁぁぁ~!!」って嬉しくて嬉しくて。
そこに見えるのは、青々と茂った葉と共に柔らかに顔を出し、小さな白い花をぽんぽんと身につけた穂たちだった。

早速、スケッチブックとペンを取り出して描き始めた。
暑くて汗だらだらで、道路につくお尻は燃えそうだったり、横を通り過ぎる車中の人にはきっと "変わってるな~" と思われたに違いない。気がつくと3時間も描いていた。



初めて目の前にした、稲穂の姿。


稲穂というのは、稲株の最後の葉っぱの中から出てくるらしい。私はそれを見たとき、トウモロコシが葉に包まれてある姿を連想した。

そんな小さく生まれたての稲穂は、照れくさそうに柔らかに、葉の隙間から顔を覗かせていた。



他にも色んな穂の姿がある。



穂は伸びきって天に向かって、日の光をめいっぱい浴びるツンと立つ稲穂。
白い花と共に、静かに華やかに揺れる稲穂。
重みで穂先が下に垂れ下がり始めた稲穂と、それに負けんとする稲穂。



ひとつひとつ一瞬一瞬が、まるで違う表情なのだ。



稲穂を見て、描いて、見て、描いて、見て…。

実際の稲穂で感じるボリューム感や、軽快さ、感触、穂の長さ、茎とのつながり、葉の生え方…と、画面に現れる姿と。



「全然ちゃう。」頭の中で、何度言ったことか。


穂にばかり意識が働けば、穂は異様に大きくなり、余計なボリュームを画面に与えた。
稲全体を俯瞰して見て、かつ繊細な配慮をも忘れたらあかん。

…など、描くとき・見るときの自分の癖を毎回見出し、それに絵が引っ張られぬよう注意を重ねていった。


そんな風な稲と私の対話は、ここに実際に来なければ得られないものだった。だからなるだけ描き留めることで、ここに在るものを持ち帰りたかった。

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夢中でスケッチするも、暑さを感じない訳にはいかない今日…。
途中で吉田さんが差し入れして下さった冷やしカルピスが美味しくて、カラカラの喉を潤してくれた。

村「吉田さんのおかげです!いいの描けました!来て良かったです…!」
吉「ほんまに!?よかった!絶対由貴ちゃんに言わな~!って思ってん!」



たとえ描くのはひとりでも、より良いものを創り出す為に、想いに賛同して色んな方がご縁を運んでくださっている。

だから『自分が描くものは、多くの方からできている』って、想うんだ。

そのあと。お昼ごはんを食べることさえ忘れていた2人は、近くのカフェで「あぁ、沁みるわぁ~~~。。」と言いながら、美味しいご飯を食べたのでした。

いつだって感謝の連続です。



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明日も村林由貴・制作ノートから「稲のお話・中編 /いざ、高知へ」をアップします。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-10-18 21:04 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 17日

壽聖院編その7 吉田亮人・撮影レポート「稲を描く・後編」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は前回と前々回に引き続き吉田亮人・撮影レポートから「稲を描く・後編」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



吉田亮人・撮影レポート⑤「稲を描く・後編」

7月下旬。
京都の夏の風物詩、祇園祭が終了しいよいよ本格的に暑さが猛威を振るって京都中を包み込んでいた。
今年の夏はちょっと異常なくらい暑い、いや熱い。
朝も7時を回ると強烈な陽射しが照りつけ、気温を急上昇させていく。
その日も早朝から暑かった。暑さに打ちのめされながらのらりくらりと自転車を走らせ、退蔵院へ向かった僕は早朝から退蔵院の掃除をする村林さんにカメラを向けていた。


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モップがけをする村林さん


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狩野元信作庭の枯山水を掃除する松山大耕副住職


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退蔵院にお勤めしている僧侶の鷲津くん


退蔵院本堂前にずらっと並べられた蓮の植木鉢からポコポコと花が咲き、庭園を彩っている。見事な大輪を咲かせた花達は実に優雅で美しい。暑さも忘れてその美しさに見とれていると、蓮の後ろに広がる苔庭に村林さんがシャワーホースを持って水やりを始めた。
ズラッと並ぶ蓮を前景に村林さんがもつシャワーホースから勢いよく水が飛び出る。
蓮、シャワーホース、飛び出る水、村林さんの位置、色、それら全てが揃った瞬間、一瞬の美がそこに生まれた。僕はそれに感動しながら急いでカメラを構えてあとはシャッターを切るだけだった。


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掃除が終わってからアトリエに移動すると長尺ロール紙が広げられていた。
そこにはいつもの様に稲が描かれていた。
その稲は頭を垂れた稲穂ではなく、青々と勢いよく繁るまだ若い稲だった。
その若い稲がずいぶん大きく、元気よく描かれていた。

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「襖絵の完成披露会は8月24日ですけど、それまでに実際の稲穂を見れないんですよ。それで今度高知に行って稲穂を見てこようと思ってるんです。沖縄、宮崎、高知などはこの時期に稲刈りを始めるみたいで」

と言う村林さん。確かに稲穂になるのを待っていたら8月24日の完成披露会には間に合わない。実際に自分の目で見てスケッチするにはこの時期から収穫を始める場所に行かなければ見ることはできないだろう。
そういえば僕の出身地・宮崎では超早場米といって、7月頃には収穫が始まる。台風を避けるために考案された方法らしく、2月や3月には田植えが始まる。高知も宮崎も沖縄も台風が多く到来し、温暖な気候という点で共通しているので、超早場米が定着した理由も納得である。
ということで、高知まで訪れてスケッチをしに行くという村林さん。
やるなあと感心しながら、僕はあることを思い出した。

それは自宅周辺を散歩していた時のこと。
僕の自宅は京都市の北の端っこにある。
この何年かで自宅周辺の山が切り拓かれ、住宅があれよあれよという間に建ち始め、閑静な住宅街の様相を呈している。
しかしそれでもまだ未開発の土地や、昔からこの地で農作を営んできた人達の所有する田畑が多く残り、のどかな風景が広がる。
もちろんそこには稲田がたくさんあるわけで、そこで育てられている稲はまだ若い青々としたものばかりだった。
しかし、そのたくさんの稲田の中でたった一つだけ穂がついている田んぼがあったのだ。
それはまだ充分に熟したものではなく、黄金色になるのはもう少し時間を要するものだったが、それでも穂がつき始め、その重みで頭を垂れ始めていた。
普段は気にも留めずに通り過ぎるそんな光景も、村林さんが「稲穂」をモチーフに描くと決めてからは自然と稲田が目に飛び込んでくる様になったのだ。

「そういえば、家の近くに穂がついてる田んぼあったんやけど、もしよかったら案内するし、スケッチする?」

その稲田のことを村林さんに説明すると、彼女の目がどんどん輝いていく。

「そんなところあるんですか?行きたいです!今日これから行っても大丈夫ですか?」

ということで、僕と村林さんは自転車に乗ってその若い稲穂に会いに行くべく自転車を走らせた。ちなみに妙心寺から僕の家までは自転車で20〜30分くらいのところにある。

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「吉田さんの家ってこんなに遠いんですか?こんなに遠い所をいつも自転車で来てたんですね。ありがとうございます」

額に汗を浮かべ、息を切らしながらもお礼を述べる村林さん。本当に律儀なこの人は今、暑さのせいで顔が真っ赤になっている。

「もうちょっとで着くし、頑張ってね」

と励ましながらようやく目的地の稲田に到着した。
果たしてそこに広がる稲を見た瞬間、村林さんの表情がパッと明るくなった。

「わ〜ほんまに穂がついてますね!うれし〜!このタイミングで見れるなんてきっと稲穂を頑張って書きなさいってことなんだと思います」

そう言いながら若々しい稲穂を触ったり観察して嬉しそうな表情を浮かべる村林さん。
そしてスケッチブックとペンを取り出して、道端にしゃがみ込み、早速スケッチを始めた。
見ては描き、見ては描きの作業を繰り返しながら、村林さんの目の前にある稲穂が次々とスケッチブックに写し取られていく。15分ほどで一枚描き上げ、また次のページに移る。
暑さも、時間が経つのも忘れてただスケッチすることに集中して、次から次へと稲穂のスケッチが積み重なっていく。そうした作業を炎天下の中、約3時間続けた。


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穂先に稲の花が咲いていた

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「ほんま、稲穂に会えて嬉しかったです。黄金色になる前の稲穂たちを見ることが出来たのもよかったなあ。今日はほんま満足でした。これで高知の稲穂たちに会うのが一段と楽しみになりました」

真っ赤な顔をしながらにこやかに笑う村林さん。
高知のたわわに実った稲穂のスケッチを終えた後は、また習作に励み、万全を期した状態で襖に筆を入れるという。

決して短くない時間をかけて「雀」と「稲穂」の習作を重ねに重ねてきた村林さん。
そうして彼女の中に貯め込まれ、少しずつ芽吹いてきたものがいよいよ襖の中に描き出される。
8月24日の完成披露会までもう1ヶ月を切っていた。


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鴨川沿いを自転車で駆けて帰る村林さん

明日は村林由貴・制作レポートから「稲のお話/前編・田植えとスケッチ」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-17 23:31 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 16日

壽聖院編その6 吉田亮人・撮影レポート「稲を描く・中編」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は前回に引き続き吉田亮人・撮影レポートから「稲を描く・中編」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。


吉田亮人・撮影レポート④「稲を描く・中編」

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退蔵院の庭を優しい雨で淡く包んでいた梅雨も少しずつ明け始めた6月下旬。
雨粒を大きな葉に貯めた蓮からピンクや白の花が少しずつ咲き始めていた。

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あの田植えから既に約2ヶ月が経とうとしていた。
バケツ栽培を始めた稲苗もあっという間に背を伸ばし、青々と元気よく育っていて、村林さんはそれらを大切に育てながら本格的に「稲穂」の習作に取りかかっていた。

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バケツ栽培中の稲

とにかく毎日描いているのだろう、僕が撮影に訪れる度にその稲穂の数は見る見る間に増えていき、それらが山となって積み上がっていた。
そしてそれらを段階的に見ていくと、彼女の手に「稲穂」が少しずつ馴染んでいっているのが分かった。
明らかに最初に描いた稲穂とは形も大きさも違っているし、線にも柔らかさや伸びを感じるのだ。

余談だが、アラーキーこと写真家の荒木経惟さんが「毎朝歯を磨くみたいに写真を撮る」という言葉を残しているが、まさに村林さんもそんな感じなのだろう。
毎日歯を磨く様に、顔を洗う様に、ご飯を食べる様に、同じ感覚で絵を描いているのではないだろうか。絵師なら当然なのかもしれないが、「描くこと」は最早彼女にとって呼吸することと同じ様な行為なのかもしれない。
その証拠に、村林さんがあるものを見せてくれたことがある。

「吉田さん、ちょっとこれ見て下さい。ちょっとね、稲穂とか雀とかばっかりずっと描いてるとさすがに疲れちゃうんで、息抜きでこういうのも描いてるんですよ」

そう言って僕の目の前に広げられたもの。
それは長尺ロール紙に水彩で描き込まれたカエルと蓮の絵だった。
どこかとぼけていて、憎めない表情のカエルたちが、蓮の咲き誇る蓮畑で寝転がったり、おしゃべりしていたり、手をつないでいたり、ジャンプしていたりする姿がズラ〜っとマンガ風に描かれている。
漫画畑から出発した彼女らしい、楽しく、ほんわかさせるような世界で、正直、この絵の一部を持って帰って家に飾りたいなぁと思った程、ストレートでキャッチーな絵だった。

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「もうなんか楽しくて、ついつい描いちゃうんです」

と言ってニッコリ笑う村林さん。

「めっちゃいいなあ。わ、あそこのカエルいい表情してるね〜。誰かに似てるなあ」

とか話しながら、僕は内心「村林さん恐るべし!」と思っていた。
「稲穂」や「雀」の習作に明け暮れて疲れたからと言って、息抜きでまた絵を描くってどんな息抜きの仕方してんだ!?と思ったからである。
今僕の目の前にいるほんわか笑顔を浮かべるこの人は本当に歯を磨く様に、顔を洗う様に、ご飯を食べる様に、絵を描く正真正銘の絵馬鹿であった。
そしてそんな村林さんの世界に更に興味を抱くと同時に、もっともっと肉薄してこの村林由貴という人間が創り出す世界にカメラを携えてどっぷりと浸かり、写し取りたいと思うのであった。

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明日も吉田亮人撮影レポートから「稲を描く・後編」をアップします。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-10-16 20:34 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 15日

壽聖院編その5 吉田亮人・撮影レポート「稲を描く・前編」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は吉田亮人・撮影レポートから「稲を描く・前編」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



吉田亮人・撮影レポート「稲を描く・前編」

薄雲が青空の中を気持ち良さそうに泳いでいる。ようやく寒さも和らぎ、清々しい新緑の季節を迎えた5月上旬。土の匂いと麗らかな陽気に包まれて僕はどこまでも広がる田園風景の中を僕の家族と村林由貴さんと歩いていた。
ここは滋賀県近江八幡市。
たっぷりと水が張られた田んぼが辺り一面広がり、太陽の光をキラキラと反射してまぶしい。今日はここで田植えをするのだ。


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「わたしたちが植えるところはここですわ」

そう言って案内して下さったのは退蔵院の檀信徒さんであり、役員でもある赤井さん。
実は毎年この時期になると退蔵院の檀家さんで結成される「退蔵会」が稲作を行う。その稲作が毎年この近江八幡市にある田んぼを借りて行われるのだ。赤井さんは退蔵会を代表して今回わざわざ僕達の案内役を買って出てくれたのだ。

「あの真っ正面にちょこっと見える島があるやろ。あれが沖島や。琵琶湖の中にある島で一番大きい島でな、人も住んでて小学校もあるんや。」

そう説明してくれたのは近江八幡に住む農家の吉田さん。(吉田という名字は全国で11番目に多い名字だそうで・・・)今回、この吉田さんに田植えの指導をしてもらう。


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一番右が赤井さん。真ん中が吉田さん。この2人が懇切丁寧に教えてくれた


「うん、大体この辺に植えてったらええわ。もう植えられるだけ植えたらええしな。あとはうちでダーっと植えっさかい」

そう言って、吉田さんが軽トラからでっかいブロック状になった稲苗を運んできてくれた。青々として元気の良さそうな苗。
それを村林さんがじーっと見つめる。


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そもそも今回なぜ田植えに来たのか。
それは村林さんが襖に「稲穂」を描くことに起因する。
稲の生育から行い、観察することで、稲に宿る命を自ら感じ、それを絵の中に本物の命として描き込むためである。
そうして図鑑や写真だけではどうしても感じることの出来ない感触を掴むのである。

「こうやって苗を3〜4本つまむようにして持つやろ。ほんで間隔を空けながらこうやって植えていくんや」

吉田さん自ら苗の植え方を見せて説明してくれるのを僕達はなるほどなるほどと相槌を打ちながら聞く。

「じゃあ、ちょっとやってみましょうか。もうどんどん植えていって下さい」

赤井さんがそう促すと僕達は裸足になって田んぼの中に入った。

「わ、きもちいい!!はははは」

入った瞬間、泥の何とも言えない感触に村林さんが声を上げて笑う。
泥の中は生暖かくて柔らかく、とても優しい感触がした。
僕の娘はその気持ち良さがすっかり気に入ったようで嬉しそうな表情を浮かべて田んぼの中を歩き回っている。


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「よし、じゃあ苗持って、その辺から植えていって」

吉田さんと赤井さんに言われて早速田植え開始。
ブロック状の苗床を左手に持ち、そこから3〜4本の苗を取って泥の中に植えていく。その作業を繰り返していくときれいな列となって稲苗が並んでいく。
ついさっきまではしゃいでいたのとは打って変わって村林さんも僕の娘も田植えに集中して作業を繰り返した。
それにしても機械がなかった時代、これを全て手作業でやっていたとは信じられない。そう考えると本当に便利で効率的な世の中になったものである。
ただ、いつの時代も天候に左右されながら収穫まで育て上げる苦労や収穫に伴う喜びは同じなのではないだろうか。
そんなことを考えながら目の前で黙々と植え続ける村林さんを見つめた。
彼女は一体どんな対話をしながら田植えをしているのだろう。


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「よしっ、もうそのへんまででええわ。あとはこっちで植えとくしな」

吉田さんのその一声で体を起こす村林さん。
腰を伸ばしながら何とも気持ち良さそうな表情をしている。
視線の先は、今しがた植えたばかりの稲苗に向けられている。
足跡だらけの田んぼに青々とした苗がしっかりと上を向いてその存在を静かに主張していた。今日ここで得た匂いや手触りや色は村林さんの中でどのように昇華され、作品に反映されていくのだろう。

「これ持って帰ってな、退蔵院に戻ってからもバケツで育てたらええ」

そう言って稲苗の束を村林さんに渡す吉田さん。

「わぁ、ありがとうございます。大事に育てます」

と、村林さん。稲苗を車に積んで、別れを告げこの日の田植えは終了した。

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明日も吉田亮人撮影レポートから「稲を描く・中編」をアップします。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-10-15 20:33 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 14日

壽聖院編その4 村林由貴・制作ノート「雀のお話」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は村林由貴・制作ノートから「雀のお話」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



【村林由貴・制作ノート②】

『雀のお話』
絵・文 村林由貴


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2013年2月20日。

私はロール紙を取り出し、畳にばっと広げた。
ここに雀を描いてみよう!と。

その時すでに私の中では、『壽聖院・本堂の襖には「雀」と「稲穂」のモチーフ』と、確信していた。たが果たして今、私がそれらを描く力というのは、いかほどのものなのか。それをまず知る必要があった。

図鑑や画像や写真や…沢山の資料を見ながら確認しながら、画面になぞってゆく。『知りたい。見たい。理解したい』。その欲求は、描かれる雀に巨大さと細密さを与えた。コントラストも毛の流れも羽の動きも、全て写し取ることで、まず雀そのものを知ろうとするのだ。


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そして、『違う。そんなんじゃない。もっと柔らかく、手のりサイズで‥。』などと、求めているイメージと描かれたものとのギャップを、自身で厳しくチェックしていく。

それが延々と繰り返され、結果、数をこなすことで自分の欲するものを身体に叩き込んでゆくのである。

ロール紙に生まれていった雀たち1~150羽は、資料を見ながら一羽一羽描写していった。まるで博物誌のよう。そこから先は絵巻物のように、雀の群れが右から左へ向かい羽ばたいているシーンや、稲穂へ停まってゆくシーンなど、画面に “ 流れ・構成・時間軸 ” を取り入れていった。

だんだんと資料からは離れ、想像だけで描けるようになり、一羽一羽には名前をつけ始めた。描き上がった一羽の表情や動きを見て名を贈るのは、愛着が増し、優しい気持ちになれる。

描いて描いて、描きまくって。

写し取ることから始まった雀たちは、いつしかもう自立して、紙の中で自由に舞っていた。


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2013年4月28日。

90cm×50mものロール紙は、いよいよ結末を迎えた。私はその結末を撮影していただきたくて、吉田さんにメールした。

その晩、カメラのシャッター音が静かに響き、私は雀を育ててゆく。

1年半前、吉田さんが撮影にきた当初は『撮られている・見られている』という緊張も時折感じたけれど、今は心強く『撮って下さっている・見て下さっている・共にプロジェクトを創っている』という感覚が、柔らかに流れるのだ。

いよいよ、最後の一羽。
描き始めてしばらくするとシャッター音が消えた。

ん‥???

村「吉田さん、ムービー撮ってますか?」
吉「うん。最後だし、ムービーにも残した方がいいかなと思って。」
村「…。吉田さん、私は "記録" を撮ってほしくて、吉田さんを呼んだんじゃない。。」

こんな生意気なことゆったらあかんって思ったけれど、でも "そうじゃない" って思いながら一緒に仕事をするのは無理だから…。何かが溢れそうになるのをぐっと堪えて言った言葉だった。

吉「うん。分かった。分かったよ。」

吉田さんはすぐ三脚から外したカメラを手に、私から離れたり近づいたり、前横後ろから、最高の瞬間を捉える為のポジションへと身体ごと動かしていった。そしてまた、シャッター音と筆の音だけが、静寂の夜に響いていった。

『吉田さん、受け入れてくださって…ありがとうございます。』
心の中で呟いた。



そしてやっと、最後の一羽も描き上げて。

完成!!!

ふと見ると、4月28日に描き上げた最後の雀の数は、偶然にも総勢428羽目だった。同じ4・2・8という数字。

2人で目を輝かせて「すごーーーーーーーーーい!!」「ホンマすごい!!」と言ったりして。笑

くだらないかも知れない小さな偶然も、運命のような必然に感じてしまう。

子供のような2人の笑い声が、優しく響いた。


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明日は吉田亮人撮影レポートから「稲を描く・前編」をアップします。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-10-14 18:55 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 13日

壽聖院編その3 吉田亮人・撮影レポート「雀を描く」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は吉田亮人・撮影レポートから「雀を描く」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



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2013年2月中旬。壽聖院の庭にある梅の木にピンク色の小さな蕾が付き始めた頃、村林さんは壽聖院・本堂襖絵の制作準備を始めた。

「本堂は仏様が祀られている場所です。そして檀家さん達が訪れ、先祖供養をされたり祈りを捧げる大切な場所です。ですので、仏様よりも目立つような絵、檀家さん達の心を乱したり圧倒する様な絵であってはいけません。そうではなく、訪れた人が心穏やかになるような、それでいて自然を感じる様なそんな絵を描いて下さい」

壽聖院住職・松山侑弘さんから村林さんに出されたのはこのような注文だった。
心穏やかになるような、自然を感じるような絵。
村林さんの制作はまずそれらをイメージしながら構想を練るところから始まった。
そして彼女自身も「人が人を想い祈る場所や時間に寄り添いたい、そしてそれぞれが想う大切な方々が豊かであってほしい」という想いを抱きながらイメージした。
そして次第に構想が練り上がり、形作られていった。
村林さんが出してきたもの、それは「雀」と「稲穂」だった。

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壽聖院住職・松山侑弘さん。背後に見えるのは制作時の村林さんを撮った写真

構想を描いたイメージラフには雀と稲穂が揺れるように描かれ、何やら色々なメモが書き込まれていた。
そのイメージラフを携えて村林さんは退蔵院副住職・松山大耕さんを前にプレゼンテーションを行った。
「雀」と「稲穂」がモチーフとして浮かんできた経緯、そしてそこにどんな想いを込めて描いていくのか、そんなことを丁寧に一生懸命話す村林さん。
その話に相槌を打ちながら、ラフスケッチをじっと見つめ聞く松山副住職。
一通り村林さんが話し終えると、松山副住職が口を開いた。

「ムラバ、田植えはしたことあるか?稲穂を描くんやったら実際に田植えからやって自分で育てながら観察したらええわ。頑張って描いてください」

壽聖院本堂に描かれるモチーフについて、既に壽聖院住職からも了承を得ていた村林さん。
それに引き続き、このプレゼンで松山副住職からも了承を得られた村林さんは「雀」と「稲穂」を本堂襖絵のモチーフとして描くことに決定した。
そしてこの瞬間、村林さんの新たな挑戦への第一歩が踏み出されたのであった。


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松山退蔵院副住職にプレゼンを行う村林さん


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まだ何も描かれていない壽聖院本堂の襖絵を前に約20分程でプレゼンは終了した


「吉田さん、スズメちゃん達描き始めたんですよ。見て下さい。とりあえず今200羽描くのを目標にしてます」

春ももうすぐそこまでという3月中旬、村林さんは何十mもあるロール紙に「雀」を描き出していた。
様々な動きをした雀が相当な数描かれている。それぞれの雀には「すずめちゃん87」とか「すずめちゃん88」という風に描いた順に番号がふられおり、あわせて日付も付けられている。(ちなみに後々、“すずめちゃん”から“鈴木さん”とか“近藤さん”という日本名から“ジョン”とか“キャサリン”といった英名まで一羽一羽の雀に固有名詞が付けられていくことになる)


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雀を描き始めたばかりの頃


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筆に全神経を集中させる


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輪郭だけ描かれた雀達


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100羽を超えた辺りからそれぞれに固有名詞が付き始めた。


「とにかく今は自分のイメージする様に描けるまで練習です」

と、にっこり笑顔を浮かべながら自分の描いた雀達を眺める村林さん。
彼女は雀を描くにあたって、餌付けを行って実際に自分の目で雀の動きやフォルムなどを観察したり、写真に撮ったりしていた。
また、雀の生態を記した“動物図鑑”や、インターネットで引っ張ってきた雀の写真なども参考にしながら雀のイメージの獲得に精を出していた。


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餌付けを行う村林さん


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壽聖院本堂で習作に励む


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描くのに慣れ始めると資料などを見ずとも想像で描くことができるようになってきた


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作業は深夜にまで及ぶことも


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庭を眺めながらしばしのおやつタイム


余談だが、近年その仕事が再注目され知名度を上げている「伊藤若冲」という江戸時代の絵師がいる。
鶏や野菜や植物など自然界の様々なモチーフを写実的に緻密に描くのを特徴とする若冲作品の独特の世界に魅せられた人も多いのではないだろうか。
以前テレビで若冲の作品を科学的な見地から読み解くというものをやっていたのだが、何気に眺めながら次第に番組に釘付けになってしまった。
高性能カメラを用いて若冲の作品の特定の部分をアップして見てみると、肉眼では確認できないほどの微細な線が信じられないぐらいたくさん描き込まれていることが分かったのだ。
それは本物をより本物以上に見せるための作業であり、彼の「命」への徹底した哲学の現れとも言えた。
しかし若冲がすぐにそこに行き着いたわけではない。モチーフが持つ命の息吹を感じ取るまで徹底的に観察し、見つめ続ける作業にかなりの時間を費やしたようだ。その見つめるだけの期間は1年にも2年にも及んだという。
そのように徹底した観察と技術と視点が、今にも動きそうな鶏や、手に取ることができそうな野菜を生み出したのだろう。若冲の作品の中には命を得た生き物達が躍動し、鼓動しているのを今見ても確かに感じる。

21世紀を迎えた2013年現在、若冲が絵を描き続け、没したこの京都で、同じ様に自然の命の息吹を感じ取り、それを絵の中に込めようとする若き絵師・村林由貴さん。
彼女は一体どんな世界を描き出すのだろうか。そして彼女自身がどのように変化していくのだろうか。
そんなことを想いながら、一羽一羽描かれていく雀達を見ていた。
もう少しで春に手が届く頃のことだった。


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壽聖院に咲く梅


明日は村林由貴・制作ノートから「雀のお話」をアップします。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-10-13 16:02 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 12日

壽聖院編その2 村林由貴・制作ノート「写真家と絵師」

【はじめに】
絵師の村林由貴さんが先日、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵を完成させました。
今回、妙心寺・壽聖院本堂の襖絵が完成するまでの半年間の軌跡を、僕と村林さんの両方向の視点から約20話に渡って交互に日刊でレポートしていきます。
そうすることで、襖絵制作の過程と舞台裏を多面的に深く知って頂けるのではないかと思っています。
また同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿を感じて頂ければ嬉しいです。
今回は村林さんの制作レポートから「写真家と絵師」と題してお送りします。
是非多くの方にご覧頂き、プロジェクトの過程を辿りながら何かを感じて頂ければ幸いです。



【村林由貴・制作ノート①】

『写真家と絵師』
絵・文 村林由貴


2013年8月23日、17時頃。

一通のメールが入った。写真家・吉田亮人さんからのメールだ。

吉「今夜行っても大丈夫かな?時間は21時とかはどうでしょう?」

私は少しためらって、返事をする。

村「ちょっと進み具合がわかんないので、後で連絡します。もっと遅い方がありがたいかもです‥。」

吉「了解!遅いのは構わないけど、今日はひとつの区切りとして必ず撮っておきたいのです。」

……。

村「うーん、すみません。お応えしたいのですが、無理かもです。 ~中略~ うち絵が描けなきゃ意味ないんです。その為には今ちょっとひとりにならなきゃ無理っぽいです、すみません。大丈夫になったら連絡します。」

吉「 ~前略~ ほんまの本心を言えば、写真家としては今日の由貴ちゃんこそ写真に収めときたいと思ってます。でもあくまで由貴ちゃん主体やし、由貴ちゃんの気持ちを尊重したいと思ってます。だから気にせず、がんばって!」

村「はい、全部わかっています。吉田さんに撮ってもらえるようにも、自分のためにも、がんばります。また連絡します!」

相手を尊重したい気持ちと、表現における譲れない部分での葛藤と、沁みる優しさと。色んな気持ちが込もったメールだった。



その頃。
時は、明くる日迎える "壽聖院・本堂襖絵完成披露会" まで24時間を切っていた。

「苦しい」。ふいにそう声が漏れた。。

何が苦しいのか、複雑で一言では言葉にできない。
明日完成できる・できない以前に、目の前にはどうしても一人にならなければ描けない、難解な表現ばかりが立ちはだかっていた。

緊張と体力と精神力の限界越えももうずっと続き、疲れが波の様に押し寄せたり、しかしまた穏やかになって…そんな繰り返しだった。

けれど、そろそろコントロール仕切れない自分が破裂してしまいそう。そこをなんとか抑え、静けさや平穏を保つためには、『今ひとりにならなきゃ絵も私も、駄目になる』と察知した。自分だけと向き合う時。

だからどうしても、吉田さんの撮影にすぐにOKと言えなかった。



吉田さんが写す絵師の姿には、フリや嘘は一切ない。制作に入るとお互い一言も話さない。ポーズもとらない。それはずっと前に、2人で話し合ったことだった。

撮ってもらう為に描くのは違う。撮りたいから描いて欲しい訳じゃない。ひとりの人間とその軌跡をのこしたい。それが二人の望む、真の姿だった。

それならば、一瞬でも私がシャッターを気にしては負けであり嘘になるし、ある瞬間を捉え損ねたならば、吉田さんの負けであって。いい意味で闘志を燃やし、しかしそこには『吉田さんなら絶対逃さない』と確固たる信頼も築いてた。
だから私も、自分の表現に入り込めると気がついたのだ。



それでも、8月23日の夕方はOKを出せなかった。。

その一方で、吉田さんが撮りたい気持ちは同じ表現者として痛いほど分かっていたし、プロジェクトとしても残すべきシーンだとも理解していた。

あぁ、全てを叶える方法は本当に無いのだろうか?

いや…、絶対あるはずだ。



22時過ぎ。吉田さんにメールする。

「お互いが許す範囲で、お互いがいいものを創る為に提案です。完成する最後まで撮って下さい。私が撮られたくない(考えたい)時は、別の部屋で待機してもらい、大丈夫になったらまた呼びます。やるなら最後まで追ってほしいし、じゃないと伝わらない気がします。吉田さんの体力と時間が許される範囲で、一度ご検討くださいませ。」

最強に我が儘だ。

でもこれが私が心を絞りだして絞りだしてやっと得た、最小限の2人の境界だった。

吉田さんは普段すぐ返信をくださるけれど、なかった。その日に東京の仕事から帰られたので、疲れて寝てしまったのかも知れない。それはそれで、いいと思った。もし撮るべきだと神さまが告げるなら、きっと連絡がある。

そんな風に思って、私はまたぐんぐん制作を進めていった。



深夜1時を過ぎた。携帯が鳴る。

「由貴ちゃん、ありがとう!見つめ続けようと思ってるので、由貴ちゃんの言ってること理解済です。それでは今から行きます。気付くのが遅くなってごめんね!」

「了解です!お気をつけて!」



よし、やっぱり一緒に残すべきってことか!!

自分でも感じる、普段とは異色の放たれた "気" と緊張感に包まれながら、

『伝えるのも環境を整えるのも、生き抜くのも貫くのも、残すのも絵の完成も、全部、諦めてたまるか。』

そう想った。

そう誓った瞬間、もう心の波風は一切にして、姿を消していた。


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明日は吉田亮人撮影レポートから「雀を描く」をアップします。
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by yoshida-akihito | 2013-10-12 17:12 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 10月 11日

壽聖院編その1 吉田亮人・撮影レポート「ふすま絵完成前夜」

【はじめに】
今回「ふすま絵レポート・壽聖院編」と題して、妙心寺・壽聖院本堂のふすま絵が完成するまでの軌跡をレポートしていきます。
今回は僕の書いた「撮影レポート」に加え、絵師・村林由貴さんの書いた「村林由貴・制作ノート」が登場します。
ふすま絵制作の過程と舞台裏を撮影者である僕の視点と、制作者本人である村林さんの視点で描き出すことによってより多面的に深く知って頂けるのではないかと思います。
同時にプロジェクトに関わる多くの人達の想いと、それを受け取りながら成長していく村林さんの姿も感じて頂ければと思っています。
ちなみに2人合わせて20のお話を、毎日一つずつ交互にご紹介していく予定です。
初回は僕の「ふすま絵完成前夜」のレポートから出発です。
それでは皆さん、しばしのお付き合いをよろしくお願いします。



※ ※ ※

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深夜、あまりの寝苦しさに目を覚ました。
夜になっても暑さがやわらぐことはなく、生温くて湿った空気が行き場を失って澱んでいる。
あまりにも寝苦しいのでここ最近僕はベッドに入らず、床の上に寝ていた。
ひんやりとした感触が心地良くて床に寝始めたのだが、ここ数日の熱帯夜にそんな小手先の対策が通用するはずもなく、ただただ暑さに完敗する夜が続いていた。

この日も例外になく暑さに叩き起こされた。
湿ったTシャツに気持ち悪さを感じながら時計を見ると8月23日の日付をまたいで24日のちょうど深夜1時を回った所だった。

「あつすぎる・・・・」

小さくそうつぶやいて、携帯を手に取るとメールを一通受信していた。

「吉田さん、わかりました。お互いが許す範囲でお互いいいものを作るためにわたしの提案です。〜中略〜 撮るなら最後まで追って欲しいし、そうでないと伝わらない気がします。ラストスパートを長く見つめるということでお願いします。」

絵師・村林由貴さんからのメールだった。



村林さんが制作している壽聖院・本堂の襖絵。
実はその襖絵完成披露会が8月24日の夕方から予定されていたのだった。
そこに向けて懸命に制作を行ってきた村林さんは遂にその当日を迎えてしまったのだが、まだ完成に至らず徹夜の作業を続けていたのだった。
僕はそんなギリギリの所で制作している村林さんを写真に収めたいと思っていた。

「今日はひとつの区切りとして重要な日だと思うので必ず撮っておきたいのです」

完成披露会前日の8月23日、東京での仕事を終えて急いで京都へ戻ってきた僕はそんなメールを村林さんに送っていた。
それに対して彼女から返信が来た。

「お応えしたいのですが、無理かもです。ほんまに。すみません。〜中略〜 今夜は一人にして下さい。多分、朝までかかりますから・・・。もしいけるようになったら連絡します」

村林さんが完成日を直前に迎えてをかなり緊迫した状況にいることが分かった。
何としても完成に持っていかなければならないプレッシャーを感じながら描き進めていかなければならない彼女の気持ちを押して量ると、それでも写真を撮らせてくれと強引には言えなかった。
しかし、諦めが悪いのは承知の上で僅かな望みを託してメールを送った。

「了解です。今夜は思う存分頑張ってね。でも本心を言えば今日の由貴ちゃんこそ写真に収めたいと思ってます。もし気が変わったら何時でも駆けつけるので遠慮なく言ってね。それじゃ頑張って!」

と、勢い良く送信したはいいものの、負担になったら申し訳ないなあなどと何だかモヤモヤした気持ちを抱えたまま東京から自宅に戻り、夜を迎えた。
今夜も相当暑い。日中蓄えられた熱気がそのままの勢いで僕の身体を包み込む。
さっきシャワーを浴びたばかりなのにもう背中にジトッと汗をかいていた。でもそんなことお構いなしにゴロンと床に体を横たえてそのまま眼を閉じるともう夢の中だった。
8月23日が終わろうとしていた。



8月24日深夜1時。
ふと目を覚まし、村林さんからのメールを見ながら小さく「よし!」とつぶやいている僕がいた。
僅かな願いが村林さんに通じたのだった。そして願いを聞き入れてくれた彼女の優しさに感謝した。
そのメールを読んで僕は大急ぎでカメラを準備して自転車にまたがり、村林さんのいる妙心寺・壽聖院へ向けて深夜の京都を駆けたのだった。



明日は絵師・村林さんの制作ノート「写真家と絵師」をアップします。
お楽しみに。

これまでの「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」はこちらから


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by yoshida-akihito | 2013-10-11 11:21 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト