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カテゴリ:退蔵院ふすま絵プロジェクト( 35 )


2013年 07月 24日

第12回ふすま絵プロジェクトレポート

第12回退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート

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あっという間に今年も半分を過ぎ、遂に8月も目前となった今日この頃。
京都最大の祭り・祇園祭も終わり、本格的な夏日を迎え連日これでもかという程暑い。
一体全体、京都の夏は東南アジアや南アジアなんかの熱帯地域と比べても引けを取らない程である。

そんな夏の京都で毎日せっせと絵を描き続けている村林さん。
現在彼女は妙心寺・壽聖院本堂に描くためのモチーフの習作に取りかかっている。
そのモチーフが何なのかはここで発表することはできないのだが、とにかく驚くのはその習作の量である。
何十mもあるロール紙や何百枚という半紙が山のように置かれており、そこには本堂で描くであろうモチーフがこれでもかというぐらい描かれている。

「最初に描き始めた頃と全然違うんですよ」

と言ってロール紙に描かれたそのモチーフを村林さんが見せてくれた。
最初に描かれたものはどこか固くて無骨な感じがしたのだが、描き進められていくにつれ墨の濃淡や線の描き方が柔らかくなり、それが結果的に優しい印象を与えた。
「何か描いている人が心から楽しく描いているっていう雰囲気が伝わってくるよ」と言うと、

「すごく楽しいです」

と満面の笑顔を浮かべながらまるで自分の子どもを見る様な目で絵を眺める村林さん。
そんな彼女を見て心から絵を描くことが好きなんだなと改めて思った。

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彼女はその他のモチーフの習作にも取りかかっており、朝から真夜中まで時間の許す限りアトリエに籠もり彼女の頭の中にあるイメージを紙の上に落としていく。
描き終えたその先からまた筆が走り出し、真っ白な紙に新たな姿が浮き上がる。
自分の生きた証を、痕跡を少しでも多く残すかの如く一心不乱に紙に向かう。

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「あ〜もうこんな時間や〜。またご飯作らなあか〜ん」

ふと我に返り気付けばいつの間にか辺りが夕闇に覆われていることもしばしば。
しぶしぶご飯を作って食べて、またすぐに筆を握って紙に向かう村林さん。
すると水を得た魚のように、紙の中を筆が軽やかに楽しく泳ぐ。
一体彼女は襖の中にどんなものを描き出すのだろうか。

壽聖院本堂の襖絵が完成するのは来月8月末。
そこに向けて夏の暑さに負けずに今日もせっせと描く村林さんがいる。


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by yoshida-akihito | 2013-07-24 16:29 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 07月 13日

夏の襖絵ツアー開催のお知らせ

【襖絵ツアーのお知らせ】

現在、妙心寺壽聖院本堂の襖絵制作に取りかかっている村林さん。

8月末の完成を目指して毎日精を出して頑張っております。

今回、8月末に行われる襖絵ツアーは村林さんが描いた出来立てホヤホヤの新作襖絵を見る事の出来る貴重なチャンスです。

この機会を逃すとその後の制作の関係上しばらく見る事ができないかもしれませんので、このチャンスをお見逃しなく。

ここから予約できますので是非ご覧下さい。

http://taiken.onozomi.com/13su_fusumae/

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by yoshida-akihito | 2013-07-13 14:37 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 04月 27日

退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート 職人編 〜序章〜

退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート 職人編「序章」

退蔵院襖絵プロジェクトは襖絵を描くことによって文化財を生み出し、芸術家を育成しようというコンセプトのもと始まったプロジェクトだ。
文化財として襖絵を残すという使命がある以上、襖絵に描かれる絵は現代の僕達のみならず、未来の人間達が見た時にも不変の感動を与えられる作品としての強度を持っていなければ文化財としては残っていかないだろう。
そういう意味でこのプロジェクトの「絵師」に選ばれた・村林由貴さんに課せられた使命とその重責たるや計り知れないものがある。

しかし村林さん一人がどんなに力を発揮し、素晴らしい作品を生み出そうとも先ず「襖」それ自体がモノとして残っていかなければ文化財として残していくことはできない。
だからこのプロジェクトでは「襖」から始まり、「墨」「筆」「紙」など襖絵制作に関わる道具たち全てを一流の職人達に制作を依頼し、本気で400年後も残っていく文化財を作ろうとしている。

2013年4月25日に発売となった「芸術新潮」5月号ではライターの近藤雄生さんと共にこれら職人達の仕事に密着し取材を行った「妙心寺退蔵院の襖絵プロジェクトを支える職人達」と題した記事が掲載されている。
今回、この「退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート」ではプロジェクトを裏で支える「墨」「襖」「煤」「筆」の職人さん達にスポットを当ててどんな仕事をしているのかを芸術新潮では掲載しきれなかった写真を中心に簡単に紹介したいと思う。
(あくまで簡単にです。詳細は芸術新潮5月号をご覧下さい。ライター近藤さんの綿密な取材に裏打ちされた文章を読めば職人さん達の奥深い世界に詳しく触れられると思います)

ということで、今日はここまで。
本記事は明日から順次公開していきます。
お楽しみに。

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by yoshida-akihito | 2013-04-27 21:40 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 04月 06日

退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート番外編

退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート番外編
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今回は退蔵院ふすま絵プロジェクトレポート番外編。
今春のJR東海の「そうだ京都、行こう」でもお馴染みの退蔵院の桜があまりにも綺麗すぎるので、桜の写真とともに、絵師・村林由貴さんの最近の姿も紹介したいと思う。
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3月30日早朝。まだ2〜3分咲きくらいの桜の下、朝の庭掃除中の村林さんを撮影。

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2~3分咲きの桜の下、松山副住職と村林さん。

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朝の庭掃除が終わり、桜を見上げる松山副住職と、携帯カメラで撮影する村林さん。

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満開になった桜。夜間ライトアップされ、妖艶な雰囲気を漂わせる。

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桜シャワー。

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JR東海の「そうだ京都行こう」のポスター写真から同アングルで撮影。格子扉をを開けると豪華絢爛な世界が。

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庭園に枝をのばす桜

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桜シャワーの中の村林さん

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闇に浮かぶ桜

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いつも制作する時に身につけているエプロンを着て。エプロンの色と桜の色がマッチングしている。


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桜シャワーを浴びる村林さん


豪華絢爛なこの桜を見て絵師・村林由貴さんは昨年、「春」の襖絵4面を描き始めた。
今年も立派な花を咲かせたこの桜を見て、彼女は一体どんな風なことを思ったのだろう。
今後立ち現れてくるであろう作品がどんなものになるのか非常に楽しみである。


「退蔵院ふすま絵プロジェクト撮影レポート」過去記事はこちら▷http://ysdaki.exblog.jp/i5/

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by yoshida-akihito | 2013-04-06 15:00 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2013年 03月 03日

第11回退蔵院襖絵プロジェクトレポート

第11回退蔵院襖絵プロジェクトレポート
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このレポート、昨年2012年9月14日に更新をストップしたまま年を越し、既に今年3月を過ぎ、東京日本橋の東海東京証券で開催された「京都妙心寺退蔵院 村林由貴襖絵展」なんて大きな展覧会もつい先日終わってしまった・・・。はぁ・・・。

この期間、決して更新を怠けていた訳ではない。
更新が滞ったのには理由がある。
その理由とはこの期間の絵師・村林由貴の姿を形容するような言葉がずっと思いつかなかったということだ。
ただのレポートなんだから気楽にやればいいんだという方もいるだろう。現に村林さんも

「そんなに無理しなくていいですよ〜。」

と言ってくれていた。
しかし、一心不乱に絵に向かう村林さんの姿を目の当たりにすれば、気楽な言葉でレポートなんてできない。
自分がちゃんと納得できる正直な言葉で彼女を綴らなければ、作品創作に命を懸け、凄まじい闘志を燃やす彼女に対して非礼極まりない。またそれは僕自身に嘘をつくことにもなる。
以上の様な理由からレポートが更新されないという事態に陥ってしまったのである。(いや、ほんとですよ)

しかし僕の言葉のレパートリーが少ないというのは認めるにしても、何故彼女の姿を言葉で描くことができなかったのであろう。
口の中でずっと言葉をモゴモゴと咀嚼したままなかなか吐き出すことができないという感覚だった。
何なんだろう。その理由をずっと考えていた。
そして今は何となく分かるのである。



昨年のちょうど9月下旬頃より、村林さんは彼女がアトリエにしている壽聖院(じゅしょういん)の書院の襖5面の制作に取りかかり始めた。
この襖5面を描けば、書院の襖全面が完成し、とりあえず一区切りつく。
これまで壽聖院の襖に「春」「夏」「秋」の光景を描いてきた彼女にとって最後に残されたこの襖5面を「冬」の光景で締めるのは必然の流れであった。

まだ残暑厳しい9月下旬に、どんな「冬」の光景を立ち上げてくるのだろう。僕はまだ真っ白な襖を見ながらそこに描かれるものを想像した。
彼女に聞くと、“雪がのしかかり、その雪の重みに耐える逞しい松を描きます”とのことだった。
それから彼女の新たな創作の日々が始まったのだが、今思えばこの「冬」の制作は彼女にとって大きな挑戦であり自身の度量を試される一つの山場でもあった。
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真っ白な襖を前にイメージを膨らませる村林




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描き始めたばかりの「冬」



事実、彼女はこの制作に苦戦を強いられている様に見えた。
苦戦というと語弊があるかもしれない。
これまで自分が吹き込んできた絵を認め愛しつつも、更に己の表現の領域を広げ新たな境地に達するために彼女が積み上げてきたものを一旦「壊し」にかかっているように見えた。

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段々姿を現してきた「冬」。これまでの彼女の作品のタッチにはなかった「荒々しさ」が垣間見える



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深夜遅くまで制作に打ち込む村林。アトリエの電気が消える事はない



まだまだ自分には描ける。こんな所で甘んじていてはダメだ。次の扉を開けて新しい世界を見たい。そんな己に対する期待と危機感を両方合わせ持った姿が、当時彼女を近くで見ていた僕の眼には「苦悩」という形で映ったのかもしれない。
しかしながらその姿からただの「苦悩」だけではない「何か」を彼女の中に感じていたのも事実である。
その「何か」を考え、言葉にしようとすると途端にその正体が分からなくなり、霧散するのであった。
あの時村林さんに感じた「何か」とは一体なんだったのか。

今思うにそれは「空っぽの村林さん」だった。

絵に向かっている時の彼女をじーっと見ていると、時々フッと彼女の中に彼女を感じられないことがあったのだ。
村林さんなのに、村林さんじゃない。村林さんじゃないのに村林さん。
それはあたかも絶えず打ち寄せては消える波のように彼女の身体と精神が彼女の中を交互に行き来しながら揺らいでいるような状態だった。
そこに村林由貴という実体はなく、ただ筆を持って絵を描くという行為そのものだけが具象化されたような姿だった。
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取り憑かれたように「描く」村林。静寂漂うアトリエには筆がなぞる音と、カメラのシャッター音だけが響く



だからあの時僕は「空っぽの村林さん」だと感じたのだろう。
あの時の村林さんは「今座禅をしている自分の存在を忘れその行為そのものに没頭する」という「禅」の世界で言うところの「只管打坐(しかんたざ)」の状態に近かったかもしれないと思うのである。
もしかしたらこの時村林さんは自ら描いているというよりも彼女自身が何かの媒介となって絵を描かされているというような心境に陥っていたかもしれない。
その時彼女の眼には果たしてどんな光景が広がっていたのだろう。
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村林はどんな世界を漂っているのだろうか



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今しがた筆が入れられた痕跡。この痕跡はやがて襖に定着し長い年月残っていく



制作を始めてから約1ヶ月、真っ白だった襖に立ち現れたのは、襖いっぱいにそびえ立つ松だった。
黒々とした太い幹を讃えたその松には淡い雪がどっしりと乗っかり、しかしその重みに負けまいと気張っていた。
僕はそれを見た時、「いいものを見た」と思った。
そこには等身大の彼女の姿が見事に映し出されていたからだ。
孤独な表現の世界に身を置き、その中で己の「道」を必死で作っていくことに真っ正面から向き合い、もがき、苦しみ、涙し、それでも絵を描くことを選択し、必死に筆を動かし続けた彼女。ともすれば自分自身の弱さで消え入りそうになるのをぐっとこらえながら誰よりも自分のことを信じて馬鹿みたいに真剣に、必死になって描いたであろうその痕跡がその絵からは感じられた。

それは最早、無様で滑稽で醜かった。
しかし同時に美しくもあった。
光と影、創造と破壊、生と死、物事には何事にも表裏一体の関係性があるように、無様さも滑稽さも醜さも極まるところまでいけば、どうやら「美しさ」というシグナルに変換されるようだ。
だから彼女の残した痕跡、つまり「冬」の絵は「醜さ」と「美しさ」が同居した絵であり、そこから当時の彼女そのものの姿を発見することができる。

「冬」の制作が終わってずいぶん経ったある日、僕は改めて「冬」の前に立ちながらそんなことに思いを巡らし、対話し、やっとこさ当時の彼女を形容する言葉を得たわけである。
黒々しく荒々しい墨のひとつひとつの痕跡が絵師・村林由貴を鍛え上げたかと思うと、僕は心が震えた。そして得体の知れないエネルギーをもらうのであった。


さて、書院の襖絵全面を描き終え、東京日本橋で行われた「襖絵展」も大盛況の内に無事終えた彼女は今、壽聖院の本堂を描く準備に入っている。
そんな彼女が次は一体どんなものを描くのだろう?というところに今までは目が移りがちだったのだが、それよりも今は彼女がどんな「自分」を表出させてくるのか、その過程に非常に興味があるのである。
一体どんな過程を踏んでいくのだろう。
そしてどんな彼女が絵の中に表出してくるだろう。

今後も彼女の動向をレポートしていくので乞うご期待!


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by yoshida-akihito | 2013-03-03 21:33 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 14日

第10回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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京都の夏は異常に暑い。
四方を山に囲まれ、完全な盆地を形成していることが原因なのだろう、暑さがいつまでもしつこくまとわりつき、夏の終わりはまだまだ遠い先のことのように思える。
僕は京都に住み出して8年程になるが、未だに京都の夏は堪える。

2012年8月28日。そんな残暑まだまだ厳しい京都の街を自転車でえっちらよっちらと漕いで着いたのが、京都市左京区にある京都造形大学のすぐ側、閑静な住宅街の中にある「画仙堂」さんだ。
ここは掛け軸や屏風、襖などを作る表具屋さんである。
実はこの画仙堂さんこそ「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」で使われる襖を制作しているところなのである。
今日はこの画仙堂さんにて、絵師の村林さんはもちろんのこと、退蔵院・副住職の松山さん、「遊牧夫婦」の著者であるライター・近藤さん、雑誌社の方達、テレビ局の方達などたくさんの方達が集まり、襖制作の見学をするのである。

到着すると何とも人の良さそうな男性が門の前で待っており、その人の手招きで僕達は中の和室に通された。
和室はエアコンがちょうどいい感じに効いており、外のうだるような暑さからやっと解放され、一心地ついていると、先程和室に通してくれた男性が話し始めた。


「ええ、今日はお集まり頂き、どうもありがとうございます。わたくし、物部と申します。ええ、わたくし共の所で退蔵院襖絵プロジェクトで使われます襖を制作させて頂いております。本日はその襖がどのように制作されているのか、まあ簡単にですね、その解説をさせて頂きまして、その後に実際の襖制作の見学をして頂こうかと思っております。どうぞよろしくお願いします」

丁寧な挨拶を終えると、物部さんは早速「表具」がどのような歴史から誕生し、どのような用途で使われ、どのように制作工程を経て完成するのかを話し始めた。

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前述の通り、「表具」というのは掛け軸や屏風、襖、衝立、額などを布や紙で装飾し、仕立てたもののことだ。
物部さんが言うには「表具」は中国で誕生したもので、日本へ伝わってきたのは今からおよそ1400年程前、飛鳥時代の頃だという。
経巻(経文を書いた巻物のこと)のために作られたのが最初で、以後それぞれの時代の文化とニーズに合わせて発展を遂げて来た。

その中でも襖は平安時代が起源とされているらしく、その頃は部屋を仕切るという実用的な建具として使用されてきたようだ。
襖に絵を描くということが一般に広まり始めたのは「書院造」が成立しはじめた鎌倉時代頃からで、その後大名の城から寺社、茶室などはもちろん、庶民の住宅にも描かれるようになるなどその範囲を広げていった。

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さてそんな庶民にもおなじみの襖だが、この襖が実に複雑な制作工程を踏んで仕上がっているのをご存知だろうか。
大きく分けると8回もの工程を経ているのである。
襖の骨となる骨格作りから、乾燥や湿気による収縮を防ぐために和紙を何度も貼る作業、襖自体を強化していく和紙貼り作業など、かなりの手間と時間をかけてようやく一枚の襖が出来上がる。
一度そうして出来上がった襖は優に100年間はもつそうである。
そして驚いたのはこれら制作工程の全てが修復されることを見越して作られているということである。
例えば和紙を貼る糊はわざとはがれやすい様に作っているらしく、水に浸すだけであっという間にはがれるのだそうだ。それは修復の際に襖を痛めないようにという配慮からで、そのために糊の材料、調合する時の濃度などあらゆる角度から考えて作られている。
そうして修復を終えた襖はまた100年間は使えるそうで、修復をしていけば何百年も持つのだそうだ。
何とも壮大なモノ作りである。
長い歴史と年月をかけて磨かれ、受け継がれて来た職人さん達の知恵と技術の結晶がこうやって一つのモノとして出来上がっていくこと、そしてこんな壮大なモノ作りが現代にも脈々と生きていることに深い感動を覚えた。

さて、物部さんの話が終わると、一行は襖を制作している現場へ入らせてもらった。
中に入ると刷毛や和紙、骨組みだけの襖、既に和紙が貼られた襖など、様々な道具と襖が所狭しと置いてある。
この現場から襖が誕生していくのだ。

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僕達が最初に案内された場所は糊作りの現場からだった。
糊の原料となる小麦粉を水に溶かし、それを練って、様々なタイプの糊を作る。
季節や湿度など、その時その時の気候に応じて微妙に配合を変えて作るのだそうだ。
出来上がった糊を触らせてもらったのだが、非常に柔らかく、まるで出来立ての餅のようで、何だか食べたくなった。(食べても害はないんですが)
前述の通り、この糊は水に浸すと溶けて和紙が破れることなくスムーズにはがれるのだそうだ。

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その糊を使って、和紙を張り重ねていくわけだが、次はその作業をやっている現場に案内してもらった。
そこでは若いお弟子さんが「蓑貼り」という作業を行っていた。
刷毛に糊を付け、それを魔法の様な手つきでささっと塗ると、和紙を張り重ねていく。
その作業を丁寧に、根気よくやっていく。
彼の額から汗が滴り落ちていた。

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この作業を何回も何回も重ねてようやく次の工程に行くという。
一つの工程でもこれほどの手間がかかっているのだから、全体としては恐ろしい程の手間がかかっているということは僕でも容易に想像できた。

「わたしたち職人はこの退蔵院襖絵プロジェクトでは「道具」としていいものを残していくという使命を持ってやっています。 100年後、200年後、300年後にこの襖が修復された時に、未来の職人達が、『平成の職人達はいい仕事してたんやな』って思ってくれるように今、頑張らせて頂いています」

と言う物部さんの言葉が示す通り、ただただいいモノを作っていくということだけを考えた結果がこのモノ作りに懸ける惜しみない努力なのである。
作業の見学が終わる頃には僕はこの職人魂にすっかり感服してしまった。

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と、同時に僕は絵師・村林さんの仕事の重大性を改めて認識したのである。
職人さん達が情熱を込めて作った最高の一品に最後の最後に命を吹き込むのが絵師の仕事である。
これは並々ならぬプレッシャーである。

彼女は今日一体どんなことを思ったのだろうか。
怖くなっただろうか。
逃げたくなっただろうか。

いや彼女の中ではもうそんなこと今まで十分感じてきて、くぐり抜けて来たことだから今更そんなことは感じないだろう。
それよりも、きっと一人のプロフェッショナルとして、一人の表現者として、最高にいいモノを創っていくというその想いにより拍車がかかったのではないだろうか。
あくまでマイペースに、あくまで村林由貴という自分のスタンスを保ちながら、何百年も残る素晴らしいモノを創り上げていくに違いない。
彼女の真剣な眼差しを見ていてそんなことを思うと同時に、様々な人間の情熱が今まさに新たな歴史を紡ごうとしているのだと感じた。
そしてこの瞬間に立ち会うことができる喜びをひしひしと噛みしめるのであった。


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by yoshida-akihito | 2012-09-14 19:43 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 13日

第9回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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2匹の巨大な鯉が華池の中をグルグルと廻っている。
鯉があまりにも力強く廻るため、華池の波はうねり立ち、咲き乱れる蓮華の花びらに飛沫がはじけ飛んでいる。
グルグルと廻り続ける鯉達はそのままの勢いで天へと昇っていきそうである。
いや、もしかしたらここは天なのかもしれない。
きっと極楽という所はこういう所なのだろう。

2012年8月26日、僕は村林さんが制作している寿聖院を訪れた。
「夏」と「秋」を描き終えた村林さんが次に着手した絵が、前述の躍動する「鯉」の絵であった。
12畳ある広間には8枚の襖が寝かされ、そのうちの4枚に巨大な「鯉」の絵が描かれ、他の4枚には凛とした佇まいの蓮が描かれている。
既に8割方は出来ており、完成に向けてせっせと墨入れを行っている所だった。

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「これまで「春」「夏」「秋」と描いてきて、ようやく墨の濃淡や筆の使い分け、線の出し方なんかに慣れてきたんです。これからペース上げてバンバン描いちゃいますよ〜」

と言う通り、これまで描いてきたものとは一見して何か線の描き方や、濃淡、勢いが違う様な気がする。
何と言うか、村林さんの頭の中で浮かぶイメージが手を通して道具に忠実に伝わっている感じなのだ。
そうして描き出された線はこれまで描いて来た線とは明らかに異質なものである。
躍動感の中に静寂さを、静寂さの中に荒々しさを、荒々しさの中に繊細さを、繊細さの中に命を感じるような、色んなものを感じられる線なのである。
その線がやがて、「鯉」という一つの形を成し、今僕の目の前で躍動しているのである。
しかし、この絵全体から伝わってくる、これまでとは全く異なる「何か」が何なのかがよく分からない。
僕は絵を眺めながらしばし呆然としているのだった。

そしてそんな僕の横で、ニコニコ笑顔の村林さん。
僕は時々、この至って普通に見える女の子のどこにこの絵を生み出すだけの力が備わっているんだろうと不思議な気持ちになることがある。
失礼な言い方だが、この絵達と、目の前の村林さんとが全く結びつかないのである。

「もうあと2〜3日でこの絵を仕上げる予定なんで、それじゃあちょっと描き始めます」

そう言うと、イヤーフォンを耳に入れ、大音量で音楽を流し始める村林さん。
その音はかなり大きく、歌手のYUKIの歌声が僕の耳にも届いてくる。
そして筆を持つと、静かに、大胆に墨を入れていく。
先程までのニコニコ笑顔は消え、襖と真剣な表情で対峙している。
彼女のほとばしるエネルギーが部屋を覆い、ビリビリする。

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その表情はまるで鬼神の如きである。
絵師・村林由貴の体に「鬼」が憑衣して描いているんじゃないかと思う程だ。
しかしこんな絵を描き出すことの出来るのは「鬼」以外どこにいよう。
カメラのファインダーから彼女のその表情を見つめながら、僕はある種の怖さのようなものを覚えるのだった。

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と、同時に僕が抱いたこれまでとは異なる「何か」の正体が分かったような気がした。
それは一言で言えば「凄み」ではないかと思う。
それは彼女の中に元々準備されていたものだと思うが、日々の鍛錬がなければ凄みは出ない。
コツコツと積み上げてきたことによって、今、最大限にそれが発揮されつつあるのだろう。
そしてその結果、見るものを圧倒させる力が増して来たということなのではないだろうか。

襖に描かれた2匹の鯉。
村林さんの手が入るごとに、鯉は躍動感を増し、襖から飛び出そうだ。
まるでこれからの村林さんを象徴する様なそんな絵だなと思った。


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by yoshida-akihito | 2012-09-13 18:11 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 05日

第8回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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気温35度。体感温度40度。
雲一つない空には狂った様に太陽が燃え、容赦なく激しい光線を降り注いでいる。

「うわ〜、あっちい」

2012年8月8日。
夏真っ盛りのこの日、僕は妙心寺の石畳を歩きながら、村林さんの待つ寿聖院へ向かっていた。


退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要について→http://painting.taizoin.com/j/
残り少ない命を激しく燃やすように至るところで蝉が精一杯鳴いている。
その声達を後ろにして、寿聖院の扉を開けた。

「あ〜、吉田さん、お久しぶりです〜。お元気してましたか」

そう言ってニッコリ笑って出迎えてくれた村林さん。
彼女と会うのは実に2ヵ月ぶりだった。

というのも、5月末から7月末までの2ヵ月間、僕がバングラデシュへ撮影に行っていたためだ。
久しぶりに会う彼女だが、何だか久しぶりという感覚があまりなく、まるで昨日も会っていたかの様に出だしからポンポンと会話が弾む。
2ヵ月前に僕がバングラデシュへ行く直前に会った時と変わりない、柔らかくて、それでいて強い意志を持ったその眼と表情を見て、絵を見ずとも、この2ヵ月間充実した時間を送ったのだろうなと感じた。
そしてそれは絵を見て、すぐに実感へと変わった。

2ヵ月ぶりに見る絵達は、当たり前だが2ヵ月前よりもずいぶんと描き進められ、なんと広間の襖10面全てが完成していたのである。

そこに描かれていたのは、夏と秋の光景だった。

夏の朝の光を受けて伸びやかにのびる蔓、朝露の滴る葉の上を歩く虫達、まるで掴めそうなぐらいたわわに実るぶどうの実、そこに遊びにやってきた鳥達、そして秋の光の作り出す陰影と濃淡。柔らかな風が体を包み、土と緑の匂いがしてくるようだ。
外で思いっ切り鳴いている蝉の声が妙にこの絵と合う。

「すごいねぇ、この2ヵ月間ほんとによく頑張ったんやね〜」

と言うと、

「ありがとうございます」

と満面の笑みの村林さん。
その笑顔を見ると、この2ヵ月間、彼女がどれだけ充実した時間を送ったかが分かるようだった。そして彼女の充実した時間はそのまま瑞々しく、「生きている」光景となって襖に描き出され、永遠の時間を留めているのだった。

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僕はそれを畳に座ってじっくり眺めた。
そして夏から秋へと移ろうその時間軸の中をゆったりと旅した。
その旅はなぜか僕の故郷である宮崎を思い出させた。
虫や鳥の鳴き声、風の感触、光の色、緑の匂い、そのどれもが故郷を感じさせ、寿聖院に居ながらにして僕は故郷宮崎の風を感じていたのである。
そのとき確かに、村林さんが描き出し、創り出したその絵は完全に村林さんの手を離れ、僕の想像力と一体となり、僕の心の中を旅していたのだ。
それは何とも心地よく、贅沢な時間だった。

ゆっくりと絵を堪能した後、僕は村林さんに2ヵ月ぶりにカメラを向け、襖絵の前で撮らせてもらった。
そこには今日みたいな暑い夏の日に似合う、何ともいい笑顔の芸術家が居た。

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(次回から新たな襖絵の制作レポートに入ります)

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by yoshida-akihito | 2012-09-05 23:02 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 05月 17日

第7回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

5月の生暖かい夜を人目を忍ぶ様に音も立てずにシトシトと雨が降っている。
僕は濡れた石畳を傘も差さず歩いていた。
柔らかな雨が顔を微かに濡らし気持ちが良い。
そんな気持ちの良い雨に打たれながら僕は昨日に引き続き「退蔵院ふすま絵プロジェクト」の絵師村林さんを撮影するために妙心寺を訪れていた。

妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場の玄関の戸を開けると迎え入れてくれたのは絵師の村林さんではなく、ひょろっと背の高い男性だった。

「あ、どうもこんばんは〜、初めまして」

僕が玄関に入るなりそう声をかけて下さった。

「あ、ど、どうも初めまして〜」

明らかに挙動不審な僕の返答ににこやかな笑顔を向けてくれる男性。

「わたくし、関西テレビの記者をしております中嶋と言います」

そうだった。
実はこの日は関西テレビが村林さんの取材に来るということを聞いていたのだった。

「あ、どうもどうも。吉田と言います。よろしくお願いします」

中嶋さんと玄関先であいさつを交わした後、制作現場に入ると笑顔の村林さんがちょこんと畳に座っていた。
昨日と同じく畳にはふすま5面が並べられており、そこに描かれているのは夏野菜達である。
昨日見たばかりだというのに、またもやその壮観な図に今日も感嘆してしまう。

「吉田さん、この夏野菜達に新たな仲間が加わったんですけど、分かります?」

そう言われて僕は夏野菜の絵を丹念に眺める。
葉の一枚一枚、茎の一本一本。
うねうねと地面を這う様に群生するその夏野菜の森を掻き分けていくと、あった!
それは鉛筆で仮の命を吹き込まれた小さな蟻だった。
村林さんに早く墨を入れてもらいたくて、うずうずしているのだろう。
早く動き出したくてたまらないといった様子だった。

「畑に観察に行った時に、実際にこうやって蟻達がいたんですよ。」

村林さんにそう言われて僕はまたじっとその蟻を見つめた。
2匹の蟻が夏野菜の葉の上を並んで歩いている。
夏野菜の森を探検中なのだろうか。

夏野菜達の圧倒的な存在感にばかり目がいってしまっていた僕だが、よくよく考えればこの夏野菜達をゆりかごとして生きる生物達が実際にいるのである。
土があって、太陽があって、雨が降って、虫達が介在してくれるおかげで、夏野菜達も生きる事が出来るのだ。
そして、虫達もまた夏野菜達の恩恵を享受しながら生きているわけである。
そういう互助の中で生きているということをこの小さな蟻達は改めて僕に教えてくれているような気がした。

僕達がふすまを眺めている間に、先程の関西テレビの記者さんと撮影クルーの方達が制作現場の中へと現れ、大きなテレビカメラを構え、撮影を始めた出した。
いつもと違う雰囲気に小心者の僕はちょいとばかし緊張気味だが、当の村林さんは至って平静であり、普段と全く変わらない。
テレビや新聞や雑誌など多くのマスコミの取材を普段から受けているせいもあるかもしれないが、基本的に村林さんの心は太いと思う。
小心者の僕はそういう村林さんが非常に羨ましいのである。

「じゃあちょっと描きますね」

村林さんはそう言うと、「ふすま」ではなく鉛筆を持ち、「スケッチブック」に絵を描き始めた。
昨日見せてもらった大きなスケッチブックにはたくさんの動植物がのびやかに描かれている。
村林さんはそのスケッチブックのまだ何も描かれていないページをめくり、自分で撮影した牡丹の写真を見ながら、さらさらと、実に小気味よく描いていく。
その描きぶりはとてもリズミカルで、まるで音楽を奏でているかのようだ。
真っ白な空間はあっという間に元気で大きな牡丹の花に変わり、大輪を咲かせた。
そしてまた新しい真っ白なページを繰り、また牡丹を描いていく。

「よし、描けた〜。この2枚目の牡丹はなかなかうまく描けました」

そう言って鉛筆を置き、満足そうな表情を浮かべる村林さん。
花にしても動物にしても虫にしても、一見同じ様に見えるそれらはよく見ると一つ一つ異なる。その異なる表情を掴み、紙の上に表現していくには、普段からよく観察し、何度も描いて、自分の身体に刻みこむしかないのだという。
そういう積み重ねがあって初めて「生命」を吹き込む事ができ、そして人を感動させることができるのであろう。
僕の眼の前にいるこの人は安息する暇もなく、まだまだ高みを目指しているその真っ最中なのである。

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スケッチブックに描き終えるとすぐに硯と墨と水を準備し、濃淡4種類の墨液を作り出す村林さん。
そして筆を持ち、ふすまの中の世界に没頭していった。
ふすまと向き合っているときの村林さんはただならぬ「熱」を発している。
その「熱」をオーラとか、気とか言うのだろうが、とにかく僕の稚拙な文章だけではこの現場の雰囲気や熱が伝わらないのが申し訳ない。
関西テレビのスタッフさん達もそういう緊張感に包まれた空気の中、じーっと押し黙って、その作業の様子を見つめている。

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僕はその熱に押される様に汗をかきながら村林さんの姿を上から下から横からカメラで捉える。
撮っても撮っても村林さんの本当の姿がファインダーから逃げ去って行くようで、だから僕はそれを何とか捉えようと何枚もシャッターを切る。
しばらくそうやって格闘していると、ようやく村林さんが筆を置き、にこやかな表情になった。

どれどれ、何を書いていたのだろうと見ると、先程鉛筆で描かれていた蟻だった。
きちんと墨が入り、生命を吹き込まれた蟻だった。
先程まで仮死状態だった蟻は、ようやく夏野菜の森を動き回ることができるようになったのである。
関西テレビのスタッフの方もそれを見て「おぉ〜すごい」と感嘆の声を上げていた。

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話は変わるが、現存する人類最古の絵は約4万年前のものであるらしい。
僕も写真で見た事があるが、4万年経った現在も鮮やかな彩色が色褪せる事なく残っている。
そのモチーフとなっている多くが動植物で、洞窟の壁に描かれている。
それらを見ると4万年前の人類が自然と密接につながり、自然に対して畏怖の念を持って生きていたことが伺い知れる。
あくまでも人間というのは自然の中の一部であり、自然に翻弄されるしかない非常に弱い存在なのだという自明の論を改めて思い出させてくれるのである。
と、同時に人間は自然のもたらす恩恵によってでしか生きることはできないのも事実である。
だから、人類は絶えず自然という大きな力の前に畏怖の念と感謝の気持ちの両方を持ち、敬うことによって何とか自分達の「生」の居場所を確保しようとしていたのではないだろうか。
4万年前に描かれたという人類最古の洞窟壁画を見ると、そういう原初的な自然への念を感じるのである。

さて、村林さんのふすま絵である。
彼女は希有なその才能を持って、自然の織りなす造形をふすまに描いている最中である。
そこには村林さんなりの自然への慈しみであったり、儚さであったり、美しさが表現されている。
それを見る度に僕は人類「最新」の描き出す自然の姿はやはり人類「最古」の描いた自然と同じ、「自然を敬う気持ち」で溢れていると感じるのである。
それはそのまま村林さんの人間性そのものと言ってもいい。
そういう人間が生み出す絵を今この瞬間立ち会えていることは何とも幸せである。
熱気に包まれた制作現場を後にすると、外の雨は止んでいて、暖かい風がなびいていた。

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一服する村林さん


<お知らせ>
関西テレビの「アンカー」という夕方のニュース番組の中で「退蔵院ふすま絵プロジェクト」のことが特集で放送されます。
村林さんを中心に、プロジェクトに関わる人達も出演予定です。
(僕も出るかも)
放送日は近日中です。
決定次第お知らせ致します。



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by yoshida-akihito | 2012-05-17 10:51 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 05月 14日

第6回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

前回(第5回)の撮影から5日。
春の穏やかな風が心地よく吹き抜け、肌を優しく撫でる5月1日の夜。
闇に包まれた妙心寺内の石畳を明るく輝くお月様がテカテカと照らしている。
境内のお堂も月の光に照らし出され、陰影を際立たせている。
そよぐ風に揺られ、あちこちに植えてある大きな松の木はざわざわと音を立てながら夜の演奏会だ。
そんな妙心寺境内の中を進みながら「妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクト」の絵師である村林さんを撮影するため、制作現場へと足を運んだ。

妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場に入ると、ふすま5面が畳の上に寝かせられておりそのふすまの前で村林さんが座っていた。

「あ、吉田さんこんばんわ〜」

と柔らかな表情で迎えてくれる彼女。
前回よりもどことなく元気な様子だ。

「吉田さん、これ見て下さいよ。これ買って来たんです」

と言って村林さんが見せてくれたのは、大きなスケッチブックだった。
それを開くと鉛筆で描かれた鳥や虫や花が姿を現した。

「わたしこういう大きなスケッチブックが前から欲しくて、ついこの間見つけたんで買ったんですよ〜」

と言う彼女の表情はとても嬉しげだ。

「小さいスケッチブックだとダメなんです、わたしの場合。大きなものじゃないと。のびのびと気持ちよく描けないんですよね」

その言葉通り、その大きなスケッチブックに描かれた鳥や虫や花達は自由な動きと伸びやかさがあり、村林さんが楽しんで描いているのが伝わってくる。
何よりその絵の説明をしてくれる村林さんの表情がいい。
そしてその表情が前回の撮影で訪れた時の表情とは全く違う。前回の記事はこちら
それは彼女が彼女の中に抱える「葛藤」から半歩前進したからだろう。
いや、もしかすると半歩すらも前進していないのかもしれない。
しかし彼女の中で今宵の月のように何か淡い光が「葛藤」という闇の中に見え始めたのかもしれない。
その淡い光はきっと更に光り輝き、彼女の足を一歩二歩と進めてくれるに違いない。
そしてその兆しが彼女の表情とスケッチブックに描かれた絵に現れていたので、僕は少し安心したのである。

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話が一段落すると村林さんは立ち上がって、

「さあ、描き始めようかなぁ。あ、その前にアイス食べていいですか?吉田さんも食べます?」

と言って冷蔵庫に向かっていく。
そしてバニラアイスを持って来て何とも幸せそうな表情で頬張り出す村林さん。
下手なグルメレポーターなんかよりもよっぽどおいしそうに、嬉しそうに食べる。
こんな時の村林さんは本当に無邪気な子どものようで、畳の上に広げられているこのふすま絵を描いた本人とはとてもではないが思えない。

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「ああ、おいしかった!」

アイスを食べ終えた村林さんは満足そうな表情を浮かべながら意気揚々と筆を取り、ふすまに向かい始めた。

その瞬間、つい先程まで現場を包んでいたほんわかな雰囲気は消え去り、変わりにピーンと張りつめた空気に包まれ、静寂が支配する。
村林さんはその静けさの中に身体を埋没させながら、ふすまの中に彼女のイメージを写し取っていく。丹念に、丁寧に、情熱的に。
筆はよく動き、忠実に彼女の意思をふすまの中に反映させていく。

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僕は村林さんの制作の様子をじっと眺めながら、はるか昔に存在したという「絵師」達のことを想った。
「絵師」達は時の権力者である、大名や寺社などに乞われてふすまや屏風や天井などに絵を描いた。
彼らの「仕事」は日本文化形成の生き証人として21世紀の今も大切に残され続けている。
そして僕達は博物館や美術館や寺社などでそれらを見ては、

「はぁ〜」

と、感嘆混じりのため息を漏らすのである。
そのため息は「感動」と言い換えても良いだろう。
では僕達は何に感動しているかというと、絵師達の圧倒的な内的世界に感動しているのである。
それは絵師達のエネルギーでありスケールでありイメージである。
そしてそれらは連綿と流れる時間の中で更に凝縮され、重厚さを増し、ある種の「匂い」を放つ。
その「匂い」こそが「生命」である。
だから僕達がため息を漏らす時、実はその絵師の放つ「生命」に反応し、感服しているということなのである。
はるか昔の「絵師」達というのはとんでもない人達なのである。


そして彼らは現代に甦った「絵師」村林さんの姿を見た時どんなことを想うのだろう。
そして、「絵師」村林さんの描いた作品を後世の人間は一体どんな気持ちで眺めるのだろうか。
やっぱり、

「はぁ〜」

とため息をつくのだろうか。
現に僕は感嘆交じりのため息の連続なのである。

5月最初の夜は静かに熱く更けていった。



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by yoshida-akihito | 2012-05-14 19:00 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト