News

ysdaki.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧


2012年 05月 29日

週刊新潮

2012年6月7日発売の週刊新潮にてチベットの写真が掲載されます。
巻末グラビアページにて掲載予定ですので、是非ご覧下さい!!


Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-29 14:02 | 雑誌・新聞掲載情報
2012年 05月 29日

お知らせ

2012年5月31日(木)に関西テレビの「アンカー」という夕方のニュース番組にて、「退蔵院ふすま絵プロジェクト」の様子が特集で放送されます。(放送日は予定。変更もありえます)
絵師の村林さんの制作の様子を中心に、プロジェクトを取り巻く人達も出演予定だそうです。(僕ももしかしたら出演するかもです)
是非ご覧下さい。


関西テレビ「アンカー」
2012年5月31日(木)
16:48〜19:00のどこかの時間帯で放送予定
番組ホームページ→
http://www.ktv.co.jp/anchor/




Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-29 13:05 | その他
2012年 05月 23日

バングラデシュへ行ってきます

2012年5月23日より8月1日までバングラデシュへ行ってきます。
今回は2ヵ月半という結構長丁場の撮影になります。
バングラは以前から非常に行ってみたいと思っていた国なので、今まで以上に楽しみです。
今回僕はバングラに行くに当たりあるテーマを掲げて行こうと心に決めています。
それが何であるかは今は言いませんが、僕は写真を通してその事柄について考察し、理解を深めていきたいと思っています。

とにかく、写真。
写真でお見せできるよう、頑張ってきます。

帰国後、報告会や写真を発表していきますので、楽しみにしていて下さい。



Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-23 00:04 | その他
2012年 05月 17日

第7回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

5月の生暖かい夜を人目を忍ぶ様に音も立てずにシトシトと雨が降っている。
僕は濡れた石畳を傘も差さず歩いていた。
柔らかな雨が顔を微かに濡らし気持ちが良い。
そんな気持ちの良い雨に打たれながら僕は昨日に引き続き「退蔵院ふすま絵プロジェクト」の絵師村林さんを撮影するために妙心寺を訪れていた。

妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場の玄関の戸を開けると迎え入れてくれたのは絵師の村林さんではなく、ひょろっと背の高い男性だった。

「あ、どうもこんばんは〜、初めまして」

僕が玄関に入るなりそう声をかけて下さった。

「あ、ど、どうも初めまして〜」

明らかに挙動不審な僕の返答ににこやかな笑顔を向けてくれる男性。

「わたくし、関西テレビの記者をしております中嶋と言います」

そうだった。
実はこの日は関西テレビが村林さんの取材に来るということを聞いていたのだった。

「あ、どうもどうも。吉田と言います。よろしくお願いします」

中嶋さんと玄関先であいさつを交わした後、制作現場に入ると笑顔の村林さんがちょこんと畳に座っていた。
昨日と同じく畳にはふすま5面が並べられており、そこに描かれているのは夏野菜達である。
昨日見たばかりだというのに、またもやその壮観な図に今日も感嘆してしまう。

「吉田さん、この夏野菜達に新たな仲間が加わったんですけど、分かります?」

そう言われて僕は夏野菜の絵を丹念に眺める。
葉の一枚一枚、茎の一本一本。
うねうねと地面を這う様に群生するその夏野菜の森を掻き分けていくと、あった!
それは鉛筆で仮の命を吹き込まれた小さな蟻だった。
村林さんに早く墨を入れてもらいたくて、うずうずしているのだろう。
早く動き出したくてたまらないといった様子だった。

「畑に観察に行った時に、実際にこうやって蟻達がいたんですよ。」

村林さんにそう言われて僕はまたじっとその蟻を見つめた。
2匹の蟻が夏野菜の葉の上を並んで歩いている。
夏野菜の森を探検中なのだろうか。

夏野菜達の圧倒的な存在感にばかり目がいってしまっていた僕だが、よくよく考えればこの夏野菜達をゆりかごとして生きる生物達が実際にいるのである。
土があって、太陽があって、雨が降って、虫達が介在してくれるおかげで、夏野菜達も生きる事が出来るのだ。
そして、虫達もまた夏野菜達の恩恵を享受しながら生きているわけである。
そういう互助の中で生きているということをこの小さな蟻達は改めて僕に教えてくれているような気がした。

僕達がふすまを眺めている間に、先程の関西テレビの記者さんと撮影クルーの方達が制作現場の中へと現れ、大きなテレビカメラを構え、撮影を始めた出した。
いつもと違う雰囲気に小心者の僕はちょいとばかし緊張気味だが、当の村林さんは至って平静であり、普段と全く変わらない。
テレビや新聞や雑誌など多くのマスコミの取材を普段から受けているせいもあるかもしれないが、基本的に村林さんの心は太いと思う。
小心者の僕はそういう村林さんが非常に羨ましいのである。

「じゃあちょっと描きますね」

村林さんはそう言うと、「ふすま」ではなく鉛筆を持ち、「スケッチブック」に絵を描き始めた。
昨日見せてもらった大きなスケッチブックにはたくさんの動植物がのびやかに描かれている。
村林さんはそのスケッチブックのまだ何も描かれていないページをめくり、自分で撮影した牡丹の写真を見ながら、さらさらと、実に小気味よく描いていく。
その描きぶりはとてもリズミカルで、まるで音楽を奏でているかのようだ。
真っ白な空間はあっという間に元気で大きな牡丹の花に変わり、大輪を咲かせた。
そしてまた新しい真っ白なページを繰り、また牡丹を描いていく。

「よし、描けた〜。この2枚目の牡丹はなかなかうまく描けました」

そう言って鉛筆を置き、満足そうな表情を浮かべる村林さん。
花にしても動物にしても虫にしても、一見同じ様に見えるそれらはよく見ると一つ一つ異なる。その異なる表情を掴み、紙の上に表現していくには、普段からよく観察し、何度も描いて、自分の身体に刻みこむしかないのだという。
そういう積み重ねがあって初めて「生命」を吹き込む事ができ、そして人を感動させることができるのであろう。
僕の眼の前にいるこの人は安息する暇もなく、まだまだ高みを目指しているその真っ最中なのである。

a0236568_10394092.jpg



a0236568_10401872.jpg



a0236568_1040521.jpg



スケッチブックに描き終えるとすぐに硯と墨と水を準備し、濃淡4種類の墨液を作り出す村林さん。
そして筆を持ち、ふすまの中の世界に没頭していった。
ふすまと向き合っているときの村林さんはただならぬ「熱」を発している。
その「熱」をオーラとか、気とか言うのだろうが、とにかく僕の稚拙な文章だけではこの現場の雰囲気や熱が伝わらないのが申し訳ない。
関西テレビのスタッフさん達もそういう緊張感に包まれた空気の中、じーっと押し黙って、その作業の様子を見つめている。

a0236568_10415075.jpg


a0236568_1044963.jpg


a0236568_1046057.jpg


僕はその熱に押される様に汗をかきながら村林さんの姿を上から下から横からカメラで捉える。
撮っても撮っても村林さんの本当の姿がファインダーから逃げ去って行くようで、だから僕はそれを何とか捉えようと何枚もシャッターを切る。
しばらくそうやって格闘していると、ようやく村林さんが筆を置き、にこやかな表情になった。

どれどれ、何を書いていたのだろうと見ると、先程鉛筆で描かれていた蟻だった。
きちんと墨が入り、生命を吹き込まれた蟻だった。
先程まで仮死状態だった蟻は、ようやく夏野菜の森を動き回ることができるようになったのである。
関西テレビのスタッフの方もそれを見て「おぉ〜すごい」と感嘆の声を上げていた。

a0236568_10563839.jpg


a0236568_10565262.jpg


話は変わるが、現存する人類最古の絵は約4万年前のものであるらしい。
僕も写真で見た事があるが、4万年経った現在も鮮やかな彩色が色褪せる事なく残っている。
そのモチーフとなっている多くが動植物で、洞窟の壁に描かれている。
それらを見ると4万年前の人類が自然と密接につながり、自然に対して畏怖の念を持って生きていたことが伺い知れる。
あくまでも人間というのは自然の中の一部であり、自然に翻弄されるしかない非常に弱い存在なのだという自明の論を改めて思い出させてくれるのである。
と、同時に人間は自然のもたらす恩恵によってでしか生きることはできないのも事実である。
だから、人類は絶えず自然という大きな力の前に畏怖の念と感謝の気持ちの両方を持ち、敬うことによって何とか自分達の「生」の居場所を確保しようとしていたのではないだろうか。
4万年前に描かれたという人類最古の洞窟壁画を見ると、そういう原初的な自然への念を感じるのである。

さて、村林さんのふすま絵である。
彼女は希有なその才能を持って、自然の織りなす造形をふすまに描いている最中である。
そこには村林さんなりの自然への慈しみであったり、儚さであったり、美しさが表現されている。
それを見る度に僕は人類「最新」の描き出す自然の姿はやはり人類「最古」の描いた自然と同じ、「自然を敬う気持ち」で溢れていると感じるのである。
それはそのまま村林さんの人間性そのものと言ってもいい。
そういう人間が生み出す絵を今この瞬間立ち会えていることは何とも幸せである。
熱気に包まれた制作現場を後にすると、外の雨は止んでいて、暖かい風がなびいていた。

a0236568_10472787.jpg

一服する村林さん


<お知らせ>
関西テレビの「アンカー」という夕方のニュース番組の中で「退蔵院ふすま絵プロジェクト」のことが特集で放送されます。
村林さんを中心に、プロジェクトに関わる人達も出演予定です。
(僕も出るかも)
放送日は近日中です。
決定次第お知らせ致します。



Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-17 10:51 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 05月 14日

第6回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

前回(第5回)の撮影から5日。
春の穏やかな風が心地よく吹き抜け、肌を優しく撫でる5月1日の夜。
闇に包まれた妙心寺内の石畳を明るく輝くお月様がテカテカと照らしている。
境内のお堂も月の光に照らし出され、陰影を際立たせている。
そよぐ風に揺られ、あちこちに植えてある大きな松の木はざわざわと音を立てながら夜の演奏会だ。
そんな妙心寺境内の中を進みながら「妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクト」の絵師である村林さんを撮影するため、制作現場へと足を運んだ。

妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場に入ると、ふすま5面が畳の上に寝かせられておりそのふすまの前で村林さんが座っていた。

「あ、吉田さんこんばんわ〜」

と柔らかな表情で迎えてくれる彼女。
前回よりもどことなく元気な様子だ。

「吉田さん、これ見て下さいよ。これ買って来たんです」

と言って村林さんが見せてくれたのは、大きなスケッチブックだった。
それを開くと鉛筆で描かれた鳥や虫や花が姿を現した。

「わたしこういう大きなスケッチブックが前から欲しくて、ついこの間見つけたんで買ったんですよ〜」

と言う彼女の表情はとても嬉しげだ。

「小さいスケッチブックだとダメなんです、わたしの場合。大きなものじゃないと。のびのびと気持ちよく描けないんですよね」

その言葉通り、その大きなスケッチブックに描かれた鳥や虫や花達は自由な動きと伸びやかさがあり、村林さんが楽しんで描いているのが伝わってくる。
何よりその絵の説明をしてくれる村林さんの表情がいい。
そしてその表情が前回の撮影で訪れた時の表情とは全く違う。前回の記事はこちら
それは彼女が彼女の中に抱える「葛藤」から半歩前進したからだろう。
いや、もしかすると半歩すらも前進していないのかもしれない。
しかし彼女の中で今宵の月のように何か淡い光が「葛藤」という闇の中に見え始めたのかもしれない。
その淡い光はきっと更に光り輝き、彼女の足を一歩二歩と進めてくれるに違いない。
そしてその兆しが彼女の表情とスケッチブックに描かれた絵に現れていたので、僕は少し安心したのである。

a0236568_18131192.jpg


a0236568_1814248.jpg


a0236568_1854255.jpg



話が一段落すると村林さんは立ち上がって、

「さあ、描き始めようかなぁ。あ、その前にアイス食べていいですか?吉田さんも食べます?」

と言って冷蔵庫に向かっていく。
そしてバニラアイスを持って来て何とも幸せそうな表情で頬張り出す村林さん。
下手なグルメレポーターなんかよりもよっぽどおいしそうに、嬉しそうに食べる。
こんな時の村林さんは本当に無邪気な子どものようで、畳の上に広げられているこのふすま絵を描いた本人とはとてもではないが思えない。

a0236568_18152812.jpg


a0236568_18155043.jpg


「ああ、おいしかった!」

アイスを食べ終えた村林さんは満足そうな表情を浮かべながら意気揚々と筆を取り、ふすまに向かい始めた。

その瞬間、つい先程まで現場を包んでいたほんわかな雰囲気は消え去り、変わりにピーンと張りつめた空気に包まれ、静寂が支配する。
村林さんはその静けさの中に身体を埋没させながら、ふすまの中に彼女のイメージを写し取っていく。丹念に、丁寧に、情熱的に。
筆はよく動き、忠実に彼女の意思をふすまの中に反映させていく。

a0236568_18543727.jpg


a0236568_1855957.jpg


a0236568_18553216.jpg


僕は村林さんの制作の様子をじっと眺めながら、はるか昔に存在したという「絵師」達のことを想った。
「絵師」達は時の権力者である、大名や寺社などに乞われてふすまや屏風や天井などに絵を描いた。
彼らの「仕事」は日本文化形成の生き証人として21世紀の今も大切に残され続けている。
そして僕達は博物館や美術館や寺社などでそれらを見ては、

「はぁ〜」

と、感嘆混じりのため息を漏らすのである。
そのため息は「感動」と言い換えても良いだろう。
では僕達は何に感動しているかというと、絵師達の圧倒的な内的世界に感動しているのである。
それは絵師達のエネルギーでありスケールでありイメージである。
そしてそれらは連綿と流れる時間の中で更に凝縮され、重厚さを増し、ある種の「匂い」を放つ。
その「匂い」こそが「生命」である。
だから僕達がため息を漏らす時、実はその絵師の放つ「生命」に反応し、感服しているということなのである。
はるか昔の「絵師」達というのはとんでもない人達なのである。


そして彼らは現代に甦った「絵師」村林さんの姿を見た時どんなことを想うのだろう。
そして、「絵師」村林さんの描いた作品を後世の人間は一体どんな気持ちで眺めるのだろうか。
やっぱり、

「はぁ〜」

とため息をつくのだろうか。
現に僕は感嘆交じりのため息の連続なのである。

5月最初の夜は静かに熱く更けていった。



Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-14 19:00 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 05月 05日

第5回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

ついこの間まで冬の寒さに打ちひしがれながら重いコートにしがみついていたというのに、春の暖気のおかげで身軽になってきたこの頃。
これも「冬」に未練のかけらもなく早々と見切りをつけ、突然「春」と仲良くなった「季節」のうつろいやすさのおかげである。
まるで女心みたいだなあと思いながら、しかしようやく来たこの春の暖かさに、少々頭を鈍くさせられつつある、4月26日の夜。
僕は妙心寺退蔵院ふすま絵プロジェクトの「絵師」である村林由貴さんの撮影のため妙心寺を訪れた。

妙心寺ふすま絵プロジェクトの概要はこちら→ http://painting.taizoin.com/j/

制作現場に入ると村林さんは居らず、その代わりにふすまに描かれた絵が僕を迎え入れてくれた。
前回も紹介したように、現在制作中のふすまには夏野菜のトマトやきゅうりが描かれている。
前回来た時は鉛筆で下書きされた部分も多かったのだが、この日訪れてみるとしっかりと墨が入り、夏野菜が夏野菜らしく堂々たる存在感を放っていた。
茎を這わせ、葉を広げ、ツルをしならせ、夏の太陽に向かって生命力の限りを尽くしながら伸びる夏野菜達は見ていて本当に爽快な気分になる。
こんなものを描けるなんて村林さんはすごいなあとつくづく思うのである。
「む〜」とふすまを前に唸っていると村林さんが奥の居間から現れた。

「わ!びっくりした!」

突然の僕の姿に驚いたのか、胸に手をあてながら

「来てると思いませんでした〜」

と笑いながら制作現場に入ってくる村林さん。

「ごめんごめん、声はかけたんだけど返事がなかったもんで」

と言い訳をする僕。

「そうなんですか〜、全然聞こえてなかった。でもお久しぶりです」

と村林さんは言いながら畳に座り込んだ。
そして二人してふすまを眺めながらそのまま座談会となった。
この日の晩、村林さんは鉛筆も筆も握る事はなかった。
その代わりに彼女の中に渦巻く、制作にまつわる様々な想いや悩みを吐露してくれた。
静かな春の夜に、彼女の声が響きは溶け、響きは溶けていく。
闇の中に彼女の声が溶けていく分だけ、その闇の中に彼女の像が浮かび上がってくる。
そこには僕がこれまで見てきた才能豊かな25歳の絵師、村林由貴の姿よりも、現状に対し悩み葛藤する至って健全で普通の25歳の彼女の姿があった。
人間の成熟は葛藤の中でしか果たせないと言ったのは内田樹さんだが、今まさに葛藤の渦の中にいる彼女は言い換えれば人間的な成長を成し遂げようとしている最中なのではないだろうか。
僕はこの葛藤を彼女がどのように処理し、自分の中に取り込んでいくのか、そして作品にどのように反映されていくのか、悩みの渦中にいる彼女には申し訳ないのだが、そのことが非常に楽しみでもあり、興味があるのである。

村林さんの話を聞きながら、そんなことを考えつつ、ふすまに描かれた夏野菜に目をやってふと思ったことがある。
それはふすまに描かれた夏野菜の見事なまでの生命力と、今夜の彼女が妙にリンクして見えたということである。
それはきっと生命力の限りを尽くして伸びる夏野菜の姿と、葛藤しながらも何とか前に進んでいく村林さんの姿が本質的に一緒だったからではないだろうか。
夏野菜達だって、勝手にどんどん伸びて成長していっているわけではない。
虫に喰われたり、日照りが続いたり、様々な障害に揉まれながら、葉をどのように広げれば最もよく日光が当たるか、どのような花を開けば虫達が花粉を運んでくれるか、どうすればより多くの実を結ぶ事が出来るか必死で考え、成長していっているわけである。
その「生」に対する懸命さと、村林さんのそれとが見事にマッチングしたのである。

これから彼女はどんな新たな姿を見せてくれるのだろうか。
彼女の結ぶ「実」を楽しみにしたいものだ。


a0236568_12364384.jpg

アトリエのテーブル

a0236568_12365722.jpg

話をする村林さん。夜は更けていく

a0236568_1237949.jpg

夏野菜達のほんの一部


Akihito Yoshida web siteへ戻る
[PR]

by yoshida-akihito | 2012-05-05 12:45 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト