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2012年 09月 28日

第13回上野彦馬賞

第13回上野彦馬賞・日本写真芸術学会奨励賞を頂きました。
上野彦馬という人は、幕末から明治にかけて長崎で写真館を営んだ人物で、
「日本の写真の祖」とも呼ばれる人です。
あの有名な坂本龍馬の肖像写真をはじめ、明治維新の立役者の写真を数多く撮影しています。
この上野彦馬の名前を冠した写真賞がこの上野彦馬賞です。

今回この第13回上野彦馬賞において、バングラデシュの写真で上記の賞を頂くことができました。
東京都写真美術館をはじめ、全国6つの会場で受賞展覧会が開かれるそうです。
またその日程は分かり次第告知したいと思います。

以上お知らせでした。


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by yoshida-akihito | 2012-09-28 21:09 | 雑誌・新聞掲載情報
2012年 09月 20日

新潮45

9月18日(火)発売の「新潮45」10月号に「退蔵院襖絵プロジェクト」の記事が掲載されます。
「遊牧夫婦」「中国でお尻を手術」の著者で、ライターの近藤雄生さんが12ページに渡って襖絵プロジェクトのルポを書いています。
その近藤さんの記事に僕の写真を使って頂いています。
綿密な取材のもと、読み応えたっぷりで、襖絵プロジェクトの全体像が掴める内容になっております。
近藤雄生さんのHPはこちら→http://www.yukikondo.jp/

是非読んで頂けたらと思います!


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by yoshida-akihito | 2012-09-20 10:05 | 雑誌・新聞掲載情報
2012年 09月 14日

第10回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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京都の夏は異常に暑い。
四方を山に囲まれ、完全な盆地を形成していることが原因なのだろう、暑さがいつまでもしつこくまとわりつき、夏の終わりはまだまだ遠い先のことのように思える。
僕は京都に住み出して8年程になるが、未だに京都の夏は堪える。

2012年8月28日。そんな残暑まだまだ厳しい京都の街を自転車でえっちらよっちらと漕いで着いたのが、京都市左京区にある京都造形大学のすぐ側、閑静な住宅街の中にある「画仙堂」さんだ。
ここは掛け軸や屏風、襖などを作る表具屋さんである。
実はこの画仙堂さんこそ「退蔵院方丈襖絵プロジェクト」で使われる襖を制作しているところなのである。
今日はこの画仙堂さんにて、絵師の村林さんはもちろんのこと、退蔵院・副住職の松山さん、「遊牧夫婦」の著者であるライター・近藤さん、雑誌社の方達、テレビ局の方達などたくさんの方達が集まり、襖制作の見学をするのである。

到着すると何とも人の良さそうな男性が門の前で待っており、その人の手招きで僕達は中の和室に通された。
和室はエアコンがちょうどいい感じに効いており、外のうだるような暑さからやっと解放され、一心地ついていると、先程和室に通してくれた男性が話し始めた。


「ええ、今日はお集まり頂き、どうもありがとうございます。わたくし、物部と申します。ええ、わたくし共の所で退蔵院襖絵プロジェクトで使われます襖を制作させて頂いております。本日はその襖がどのように制作されているのか、まあ簡単にですね、その解説をさせて頂きまして、その後に実際の襖制作の見学をして頂こうかと思っております。どうぞよろしくお願いします」

丁寧な挨拶を終えると、物部さんは早速「表具」がどのような歴史から誕生し、どのような用途で使われ、どのように制作工程を経て完成するのかを話し始めた。

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前述の通り、「表具」というのは掛け軸や屏風、襖、衝立、額などを布や紙で装飾し、仕立てたもののことだ。
物部さんが言うには「表具」は中国で誕生したもので、日本へ伝わってきたのは今からおよそ1400年程前、飛鳥時代の頃だという。
経巻(経文を書いた巻物のこと)のために作られたのが最初で、以後それぞれの時代の文化とニーズに合わせて発展を遂げて来た。

その中でも襖は平安時代が起源とされているらしく、その頃は部屋を仕切るという実用的な建具として使用されてきたようだ。
襖に絵を描くということが一般に広まり始めたのは「書院造」が成立しはじめた鎌倉時代頃からで、その後大名の城から寺社、茶室などはもちろん、庶民の住宅にも描かれるようになるなどその範囲を広げていった。

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さてそんな庶民にもおなじみの襖だが、この襖が実に複雑な制作工程を踏んで仕上がっているのをご存知だろうか。
大きく分けると8回もの工程を経ているのである。
襖の骨となる骨格作りから、乾燥や湿気による収縮を防ぐために和紙を何度も貼る作業、襖自体を強化していく和紙貼り作業など、かなりの手間と時間をかけてようやく一枚の襖が出来上がる。
一度そうして出来上がった襖は優に100年間はもつそうである。
そして驚いたのはこれら制作工程の全てが修復されることを見越して作られているということである。
例えば和紙を貼る糊はわざとはがれやすい様に作っているらしく、水に浸すだけであっという間にはがれるのだそうだ。それは修復の際に襖を痛めないようにという配慮からで、そのために糊の材料、調合する時の濃度などあらゆる角度から考えて作られている。
そうして修復を終えた襖はまた100年間は使えるそうで、修復をしていけば何百年も持つのだそうだ。
何とも壮大なモノ作りである。
長い歴史と年月をかけて磨かれ、受け継がれて来た職人さん達の知恵と技術の結晶がこうやって一つのモノとして出来上がっていくこと、そしてこんな壮大なモノ作りが現代にも脈々と生きていることに深い感動を覚えた。

さて、物部さんの話が終わると、一行は襖を制作している現場へ入らせてもらった。
中に入ると刷毛や和紙、骨組みだけの襖、既に和紙が貼られた襖など、様々な道具と襖が所狭しと置いてある。
この現場から襖が誕生していくのだ。

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僕達が最初に案内された場所は糊作りの現場からだった。
糊の原料となる小麦粉を水に溶かし、それを練って、様々なタイプの糊を作る。
季節や湿度など、その時その時の気候に応じて微妙に配合を変えて作るのだそうだ。
出来上がった糊を触らせてもらったのだが、非常に柔らかく、まるで出来立ての餅のようで、何だか食べたくなった。(食べても害はないんですが)
前述の通り、この糊は水に浸すと溶けて和紙が破れることなくスムーズにはがれるのだそうだ。

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その糊を使って、和紙を張り重ねていくわけだが、次はその作業をやっている現場に案内してもらった。
そこでは若いお弟子さんが「蓑貼り」という作業を行っていた。
刷毛に糊を付け、それを魔法の様な手つきでささっと塗ると、和紙を張り重ねていく。
その作業を丁寧に、根気よくやっていく。
彼の額から汗が滴り落ちていた。

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この作業を何回も何回も重ねてようやく次の工程に行くという。
一つの工程でもこれほどの手間がかかっているのだから、全体としては恐ろしい程の手間がかかっているということは僕でも容易に想像できた。

「わたしたち職人はこの退蔵院襖絵プロジェクトでは「道具」としていいものを残していくという使命を持ってやっています。 100年後、200年後、300年後にこの襖が修復された時に、未来の職人達が、『平成の職人達はいい仕事してたんやな』って思ってくれるように今、頑張らせて頂いています」

と言う物部さんの言葉が示す通り、ただただいいモノを作っていくということだけを考えた結果がこのモノ作りに懸ける惜しみない努力なのである。
作業の見学が終わる頃には僕はこの職人魂にすっかり感服してしまった。

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と、同時に僕は絵師・村林さんの仕事の重大性を改めて認識したのである。
職人さん達が情熱を込めて作った最高の一品に最後の最後に命を吹き込むのが絵師の仕事である。
これは並々ならぬプレッシャーである。

彼女は今日一体どんなことを思ったのだろうか。
怖くなっただろうか。
逃げたくなっただろうか。

いや彼女の中ではもうそんなこと今まで十分感じてきて、くぐり抜けて来たことだから今更そんなことは感じないだろう。
それよりも、きっと一人のプロフェッショナルとして、一人の表現者として、最高にいいモノを創っていくというその想いにより拍車がかかったのではないだろうか。
あくまでマイペースに、あくまで村林由貴という自分のスタンスを保ちながら、何百年も残る素晴らしいモノを創り上げていくに違いない。
彼女の真剣な眼差しを見ていてそんなことを思うと同時に、様々な人間の情熱が今まさに新たな歴史を紡ごうとしているのだと感じた。
そしてこの瞬間に立ち会うことができる喜びをひしひしと噛みしめるのであった。


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by yoshida-akihito | 2012-09-14 19:43 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 13日

第9回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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2匹の巨大な鯉が華池の中をグルグルと廻っている。
鯉があまりにも力強く廻るため、華池の波はうねり立ち、咲き乱れる蓮華の花びらに飛沫がはじけ飛んでいる。
グルグルと廻り続ける鯉達はそのままの勢いで天へと昇っていきそうである。
いや、もしかしたらここは天なのかもしれない。
きっと極楽という所はこういう所なのだろう。

2012年8月26日、僕は村林さんが制作している寿聖院を訪れた。
「夏」と「秋」を描き終えた村林さんが次に着手した絵が、前述の躍動する「鯉」の絵であった。
12畳ある広間には8枚の襖が寝かされ、そのうちの4枚に巨大な「鯉」の絵が描かれ、他の4枚には凛とした佇まいの蓮が描かれている。
既に8割方は出来ており、完成に向けてせっせと墨入れを行っている所だった。

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「これまで「春」「夏」「秋」と描いてきて、ようやく墨の濃淡や筆の使い分け、線の出し方なんかに慣れてきたんです。これからペース上げてバンバン描いちゃいますよ〜」

と言う通り、これまで描いてきたものとは一見して何か線の描き方や、濃淡、勢いが違う様な気がする。
何と言うか、村林さんの頭の中で浮かぶイメージが手を通して道具に忠実に伝わっている感じなのだ。
そうして描き出された線はこれまで描いて来た線とは明らかに異質なものである。
躍動感の中に静寂さを、静寂さの中に荒々しさを、荒々しさの中に繊細さを、繊細さの中に命を感じるような、色んなものを感じられる線なのである。
その線がやがて、「鯉」という一つの形を成し、今僕の目の前で躍動しているのである。
しかし、この絵全体から伝わってくる、これまでとは全く異なる「何か」が何なのかがよく分からない。
僕は絵を眺めながらしばし呆然としているのだった。

そしてそんな僕の横で、ニコニコ笑顔の村林さん。
僕は時々、この至って普通に見える女の子のどこにこの絵を生み出すだけの力が備わっているんだろうと不思議な気持ちになることがある。
失礼な言い方だが、この絵達と、目の前の村林さんとが全く結びつかないのである。

「もうあと2〜3日でこの絵を仕上げる予定なんで、それじゃあちょっと描き始めます」

そう言うと、イヤーフォンを耳に入れ、大音量で音楽を流し始める村林さん。
その音はかなり大きく、歌手のYUKIの歌声が僕の耳にも届いてくる。
そして筆を持つと、静かに、大胆に墨を入れていく。
先程までのニコニコ笑顔は消え、襖と真剣な表情で対峙している。
彼女のほとばしるエネルギーが部屋を覆い、ビリビリする。

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その表情はまるで鬼神の如きである。
絵師・村林由貴の体に「鬼」が憑衣して描いているんじゃないかと思う程だ。
しかしこんな絵を描き出すことの出来るのは「鬼」以外どこにいよう。
カメラのファインダーから彼女のその表情を見つめながら、僕はある種の怖さのようなものを覚えるのだった。

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と、同時に僕が抱いたこれまでとは異なる「何か」の正体が分かったような気がした。
それは一言で言えば「凄み」ではないかと思う。
それは彼女の中に元々準備されていたものだと思うが、日々の鍛錬がなければ凄みは出ない。
コツコツと積み上げてきたことによって、今、最大限にそれが発揮されつつあるのだろう。
そしてその結果、見るものを圧倒させる力が増して来たということなのではないだろうか。

襖に描かれた2匹の鯉。
村林さんの手が入るごとに、鯉は躍動感を増し、襖から飛び出そうだ。
まるでこれからの村林さんを象徴する様なそんな絵だなと思った。


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by yoshida-akihito | 2012-09-13 18:11 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 11日

熱き南アジアの風

2012年9月9日(日)にイベント「熱き南アジアの風」というイベントをさせて頂きました。
(バングラデシュ撮影についてのお話をさせて頂きました)
イベントには予想をはるかに上回る60人近いお客さんに来て頂き、会場は満員御礼。立ち見客が出る程でした。
たくさんの方達と同じ時間を共有し、楽しかった〜と言って帰って下さったのが何よりも嬉しかったです。
本当にありがとうございました。
それから、裏方としてイベントを支えてくれたスタッフの高橋さん、上水流君、CMを作ってくれたヤベ君、そして主催者の松田君、本当にありがとう&お疲れ様でした。
いい時間を創ることができて本当によかったです。

みなさん、本当にありがとうございました。



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by yoshida-akihito | 2012-09-11 21:27 | トークイベント・講演
2012年 09月 05日

第8回〜退蔵院ふすま絵プロジェクト 〜

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気温35度。体感温度40度。
雲一つない空には狂った様に太陽が燃え、容赦なく激しい光線を降り注いでいる。

「うわ〜、あっちい」

2012年8月8日。
夏真っ盛りのこの日、僕は妙心寺の石畳を歩きながら、村林さんの待つ寿聖院へ向かっていた。


退蔵院ふすま絵プロジェクトの概要について→http://painting.taizoin.com/j/
残り少ない命を激しく燃やすように至るところで蝉が精一杯鳴いている。
その声達を後ろにして、寿聖院の扉を開けた。

「あ〜、吉田さん、お久しぶりです〜。お元気してましたか」

そう言ってニッコリ笑って出迎えてくれた村林さん。
彼女と会うのは実に2ヵ月ぶりだった。

というのも、5月末から7月末までの2ヵ月間、僕がバングラデシュへ撮影に行っていたためだ。
久しぶりに会う彼女だが、何だか久しぶりという感覚があまりなく、まるで昨日も会っていたかの様に出だしからポンポンと会話が弾む。
2ヵ月前に僕がバングラデシュへ行く直前に会った時と変わりない、柔らかくて、それでいて強い意志を持ったその眼と表情を見て、絵を見ずとも、この2ヵ月間充実した時間を送ったのだろうなと感じた。
そしてそれは絵を見て、すぐに実感へと変わった。

2ヵ月ぶりに見る絵達は、当たり前だが2ヵ月前よりもずいぶんと描き進められ、なんと広間の襖10面全てが完成していたのである。

そこに描かれていたのは、夏と秋の光景だった。

夏の朝の光を受けて伸びやかにのびる蔓、朝露の滴る葉の上を歩く虫達、まるで掴めそうなぐらいたわわに実るぶどうの実、そこに遊びにやってきた鳥達、そして秋の光の作り出す陰影と濃淡。柔らかな風が体を包み、土と緑の匂いがしてくるようだ。
外で思いっ切り鳴いている蝉の声が妙にこの絵と合う。

「すごいねぇ、この2ヵ月間ほんとによく頑張ったんやね〜」

と言うと、

「ありがとうございます」

と満面の笑みの村林さん。
その笑顔を見ると、この2ヵ月間、彼女がどれだけ充実した時間を送ったかが分かるようだった。そして彼女の充実した時間はそのまま瑞々しく、「生きている」光景となって襖に描き出され、永遠の時間を留めているのだった。

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僕はそれを畳に座ってじっくり眺めた。
そして夏から秋へと移ろうその時間軸の中をゆったりと旅した。
その旅はなぜか僕の故郷である宮崎を思い出させた。
虫や鳥の鳴き声、風の感触、光の色、緑の匂い、そのどれもが故郷を感じさせ、寿聖院に居ながらにして僕は故郷宮崎の風を感じていたのである。
そのとき確かに、村林さんが描き出し、創り出したその絵は完全に村林さんの手を離れ、僕の想像力と一体となり、僕の心の中を旅していたのだ。
それは何とも心地よく、贅沢な時間だった。

ゆっくりと絵を堪能した後、僕は村林さんに2ヵ月ぶりにカメラを向け、襖絵の前で撮らせてもらった。
そこには今日みたいな暑い夏の日に似合う、何ともいい笑顔の芸術家が居た。

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(次回から新たな襖絵の制作レポートに入ります)

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by yoshida-akihito | 2012-09-05 23:02 | 退蔵院ふすま絵プロジェクト
2012年 09月 04日

紫明小学校での授業報告

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2012年9月2日(日)に京都市立紫明小学校で特別授業をさせて頂きました。
紫明小学校で授業をさせてもらうのは今回で3回目。
実は僕が小学校教師をしていた時の同期で友人の福井先生が毎回呼んでくれるのです。
「子ども達の世界を少しでも広げて、彼らの心を豊かに耕したい」
という熱い想いを持つ福井先生。
そんな福井先生の「道徳」の授業を僕の授業をする前に拝見させてもらったのですが、これが素晴らしかった。
道徳の授業というのは自分の素直な心との対話が最も重要です。
国語や算数などの教科授業と最も違う点は、「問い」に対する正解や適解がない上に、それを評価判断することが簡単にできないということだと思います。
それ故、道徳の授業は非常に難しいと思うのですが、大切なのは子ども達以上に教師自身の心が動いているかということだと思うのです。
そういう意味で、福井先生の「道徳」は彼自身の心にダイナミックな動きがあり、子ども達と心と心で向き合おうとし、だからこそ何か伝わってくるものがありました。
着実に彼は教師としての力をつけ、日々子ども達と向き合い、一生懸命頑張っているんだなと思いました。いい授業をありがとうございました。

さて、僕の授業の方ですが、6年生を対象に「平和と幸せ」をテーマに、バングラデシュとインドの「働く人」の写真や映像を見てもらいながら授業を行いました。
そして今回は日曜参観ということで保護者の方が教室の後ろで見守る中での授業となり、保護者の方にも色々と感じて頂けたらなという想いで授業を進めていきました。
バングラデシュやインドの「働く人」を見て、日本では到底考えられない様な光景や、状況を目の当たりにした子ども達。
眼をまあるくさせながら写真を見つめるその表情が非常に印象的でした。
保護者の方達も真剣な眼差しで写真を見つめ、話に耳を傾けてくれていました。

バングラデシュやインドの働く人を見て、当たり前は当たり前じゃない。そして毎日を本気で生きることの大切さ。そんなことを子ども達は感じてくれたようです。

以下、子ども達の授業を受けての感想をいくつかご紹介させて頂きます。


今まで日本は平和だと思っていたし、幸せだと思っていたけど、今日この話を思うと、日本は「本当の幸せ」ではないことが少し分かった気がした。(バングラデシュやインドの人は)自分はやりたくないことでも一生けん命していて驚いた。自分だとやる気がなくててき当にしてしまうかもしれないので、その国に住んでいる人はすごいと思った。


今日の学習を通じて改めて幸せを実感できた。やりたくなくても本気でやるということが心に残った。また、日本は幸せなんだなと思った。なぜなら、水や電気などが使えたりするのが当たり前だからだ。当たり前ということに感謝したいと思います。


毎日平和に暮らせていることに感謝したいと思います。毎日きれいな水が飲めること、温かいおふろに入れること、きれいな服が着れること、当たり前のことがどれだけ幸せなのかが分かりました。他の国では学校に行きたくても行けないと聞いたことがあります。毎日いやと言わず楽しく過ごしたいと思いました。


私が当たり前と思っていることはちがう国ではできなかったりしていて、私は幸せなんだなと思いました。当たり前のことにこれから感謝して生活していきたいなと思いました。子ども達が仕事をやっていたり、やりたくないのにやっている人がいて、でも一生けん命みんなやっていたので、何事にも本気でやりたいなと思いました。



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by yoshida-akihito | 2012-09-04 09:10 | トークイベント・講演