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2013年 01月 29日

2013年1月18日〜20日 ISLAM DAYS①

2013年1月18日〜20日。

ちょうど1週間前、バングラデシュ最大にして、世界で2番目の規模のイスラム巡礼祭が行われたことはこの旅日誌で報告した。
この巡礼祭あまりにも人が殺到して大変だということで、昨年から2回に分けて行われることになったようだ。
その2回目が今日から3日間行われるのだ。

バングラデシュ人に聞いたところによるとこの2回目の巡礼祭の方が1回目の時よりもかなりすごいと皆、口を揃えて言う。
それでどこかどんな風にすごいのか具体的に言ってくれと言うと皆決まって、

「とにかく人が多い」

と見たまんまのことを言うではないか。
1回目の巡礼祭の時、あまりの人の群れにかなりびっくりした。それはこれまでの僕の人生の中で初めて遭遇する人の多さだった。
2回目の巡礼祭はそれよりも多いと言うのか。
一体どんな事態になるというのだろう。

果たしてその言葉通り、2回目の巡礼祭の人の多さといったら言葉にならない程の凄まじさであった。
人が街全体を埋め尽くし、際限なく人の群れが続いていた。
それはまるでどこかの国で大発生するイナゴの群れのようである。
そしてその大群は一つのエネルギー体となってうごめきながら巡礼地を目指すのである。
ただ「祈る」ためだけに。

さて初日、僕は礼拝地へと向かった。
1回目の巡礼祭で何度も行ったのでもう見慣れた景色である。
しかしこの礼拝地で僕は幾度となく苦汁を飲まされて来た。
というのもいざ撮影しようとすると

「撮影禁止!」

と屈強なイスラム教徒たちに言われ、目の前で起こる素晴らしい出来事を指を加えて眺めるだけで写真に記録することがなかなかできなかったのである。
ということで、1回目の教訓を踏まえ、今回は新たな作戦に出ることにした。
宿で働いている15歳のバングラデシュ人スタッフ、“ディプロップ君”にガイド役として一緒に来てもらうことにしたのである。
彼は簡単な英語ならば話せるし、何より礼儀正しいのが気に入っていた。
快く僕の申し出を受け入れてくれた彼に、僕がどこでどんなものを撮影したいのかを説明すると、

「オッケー。ノープロブレム」

と、頼もしい返事が返ってくるではないか。
しかし、バングラデシュ人ってプロブレムなことでも大概ノープロブレムと言って済ます安易さがあるので、彼には申し訳ないが頼もしさ半分でその言葉を聞き流した。

僕とディプロップ君は10時に宿を出ると人でごった返す礼拝地へ向かった。
ちなみに礼拝地へは女性は入ることが出来ないため、基本的にむさくるしい男達の行列が延々と続くのである。もうそれだけで軽い地獄だ。

「こっち、こっち!」

と言って、文字通りの「人波」の中をたくましく泳いで行く15歳のディプロップ君。
「人波」にのまれそうになって危うく溺死しかけの32歳のおじさん。
離れまいと必死でついて行くが、ディプロップ君の速さについていくことができない。
それを見兼ねたのかディプロップ君ははぐれない様に僕の腕をつかみ、前を歩き、どんどんと突き進んで行く。
たくましい。そして頼りがいがある。そしておじさん情けない。

礼拝地へとたどり着くと早速行動を開始するディプロップ君。

「ここ撮影したい?いいよ撮って」

そう言うと、早く撮れという仕草をするディプロップ君。
僕が

「大丈夫なの?この前ここ撮影したらえらい怒られたぜ。まずいんじゃないの?」

とやや不安げに尋ねると、

「ノープロブレム。もし何か問題があったら僕が話つけるから。さあ、撮るの、撮らないの、どっち?」

と、せかす15歳。
プロブレムなんだけどな〜なんて思いながら、彼のその言葉を半分信じて「ええい、ままよ!」とシャッターを切ってみた。
すると何てことはない、誰にも咎められずに撮影を行うことが出来た。
彼の言う様にノープロブレムではないか。
むしろ、たくさんの人が寄って来てこっちも写真を撮ってくれと集まってきた。
するとディプロップ君がそれらの人を制して、ベンガル語で何やら言うと人々は散って行った。

「ああやって声をかけてくる人を相手にしちゃダメだよ。中には悪い人もいるんだから。気をつけて。さあ、じゃあ行こう」

と32歳に注意する15歳。
がっくりとうなだれ反省するおじさん・・・。
何とか気を取り直し彼の後を追った。

その後も彼の働きぶりは当初の予想を遥かに越える素晴らしいもので、有能に一言だった。
例えば、大観衆を前にコーラン片手に熱弁を振るっている人がいた。
内容は分からないが経典の中に書かれてあることを皆に解説しているところだとディプロップ君が言っていた。
皆その解説者の話に熱心に耳を傾けている。
解説者は水を得た魚の様に得意気な顔で喋り続けている。
たまに観衆が声を揃えて

「アッラー!アッラー!(神よ、神よ)」

と大合唱している。
男達の低い声がこだまし、腹の底に響いてくるようだった。
僕はその一団に混じって、その光景を興味深げに眺めていた。
するとディプロップ君が、

「写真撮りたい?」

と聞いてくるではないか。

「いや、ここで撮影したらさすがにまずいでしょ〜??」

と言う僕。
いくらなんでも若気の至りってもんだぜ、君ぃ〜。なんて心の中でツッコんでいると

「ノープロブレム!」

と僕の心配を一蹴し、次の瞬間大声を上げて

「○※▲☆◇●※△!!!ジャパニー○※▲☆◇●※△!!!」

と解説者に向かってベンガル語で一気にまくしたてる彼。
超意訳するとおそらくこんなことを言っていたのではないかと。

「すみません!!ちょっといいですか。この人、日本からやってきたカメラマンで、巡礼祭を撮りにきたんです。それで今ここを撮っても大丈夫ですか?」

突然の横槍に熱弁は止み、辺りは静まり返った。
ヒンヤリと冷たい空気が流れている。
大観衆の視線が僕に注がれている。一体何百個の目玉に見つめられているんだろう。じっとりした汗が額に脇に手に涌いてくる。
おい、どうしてくれんだよディプロップくん・・・!
15歳くらいってほんと世間の怖さ何も知らねーんだから、これだから15歳は・・・!
なんて心の中でディプロップを責める僕。
どれくらいの時間が経ったのだろう。ドキドキしながら目玉達と対峙していると解説者がおもむろに黙って手を挙げた。何の合図だろうか。
すると解説者はまた元通り、熱弁を振るい始めた。

「撮っていいって。さあ、撮って!」

ディプロップ君はそう言って、あっけに取られている僕を促し撮影しろと言う。
かくして彼のおかげで僕はその貴重な場面を収めることが出来たのである。
ごめん、ディプロップ君。僕は君を何度疑えば済むんだろう。
もう疑ったりしないよ。君について行くよ。
そう心に決め、僕とディプロップ君の道中は続くのである。
さてさてこの後、この日最大の山場を迎えることになるのだが、今日はここまで。また明日更新します。

〜続く〜


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by yoshida-akihito | 2013-01-29 23:23 | 旅日誌
2013年 01月 27日

2013年1月17日 

1月17日。
朝7時起床。
目は覚めているものの、しばらくベッドの中にもぐり込み何をするわけでもなくボンヤリと取り留めのないことを考えつつ1時間程過ごす。
8時にベッドから脱出し、いつもの様にチャイ屋へ行き、ボソボソのコッペパンのようなものと甘ったるい紅茶を飲んで、宿に帰り、カメラを携え、ボロボロのバスに乗り込み、喧噪の街を走り抜け、赤茶けたレンガ工場へと向かった。

「グッドモーニン!!」

顔も手も髪の毛も足も全身粉塵だらけになったレンガ工場の労働者が僕を見つけるとそう叫び、

「カモーン!」

と手招きをする。
朝から何と元気のよい人達であろう。
彼らにカメラを向け撮影しながら、事前に調べて来たベンガル語で彼らに質問をしていく。
当たり前だが、そうすると目で見るだけでは分からなかった彼らの姿がより鮮明に見え、彼らが色んな苦労を抱え、重ねながら今ここに生きていることが多少実感を伴って僕の心を刺激するのである。
そしてまたカメラを向け撮影し、それを繰り返しているといつの間にか夕方になっていた。
この時期のバングラデシュは18時頃になると夕闇が迫ってくる。
赤茶けたレンガ工場が夕闇に包まれだすと深碧のブルーへと色を変える。
そして次第に碧から黒へと変化していき、最後には前後も分からない程の濃い闇の中へと包まれる。
月明かりが薄雲の中に隠れながらぼんやりと光り、道路を走る車のライトが闇の中を空中を彷徨う蛍の様に絶え間なく疾走している。

僕は帰りのバスに乗り込んだ。満杯の車内に乗り合わせた人々がくすんだ車内灯に照らされて濃い陰影をつけている。
みんなどこに行くのだろう。
それぞれの一日の役目を終え、家路に着く所なのだろうか。
そういえばレンガ工場の人達は今頃みんなでカレー食べてるんだろな。
で、僕は今夜何を食べようか。
日本の家族は今何してるだろう。
今日はいい写真撮れたかな。
そんなことを思いながらも、バスは相変わらずうなりを上げながら縦横無尽に駆け抜け、あっという間に宿の近くまで運んでくれた。

宿に帰り着くといつも真っ先に写真データを保存する作業にとりかかる。
今日一日僕が何を見つめていたのか確認するのだ。
そして大抵失望する。
いい写真が紛れていることなんて本当に稀だからだ。

この日も自分で自分に

「一体何を見てたんだ」

と叱りたくなるぐらいの写真が大半だったのだが、そのうちわずかに興味深い写真があった。
この後かなり長い時間写真を見続け、一人反省会をし、埃まみれの体を洗い流し、近くの食堂で100円のチキンビリヤニを食べ、歯を磨き、司馬先生の「竜馬がゆく」を読み、竜馬が薩長同盟を完全に締結させた辺りで睡魔が襲って来て寝る。
明日も張り切るか。

さて明日も頑張るか。

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by yoshida-akihito | 2013-01-27 20:32 | 旅日誌
2013年 01月 21日

2013年1月16日 Brickyard Worker

1月16日
本日もまたレンガ工場で撮影。
何度見ても彼らの働く姿に感動するが、一方で胸を締め付けられる様な感情が襲う。
働く姿は本当にかっこいいのだが、彼らのバックグラウンドや過酷な労働条件などを考えると手放しに素晴らしいとは言えない何とも複雑な感情になるのだ。
どうしてこんなに過酷な仕事を平然と来る日も来る日もやってのけることができるのだろうか。
正直僕にはできないと思いながら、レンガ製造に一生懸命な彼らに負けじと、僕も彼らが作り出すイメージを写真の中に閉じ込める作業に没頭する。
いつの間にかあっという間に日が暮れる。

「明日も来るね!」

と言うと、

「明日何時に来る?絶対来てくれよ。待ってるぞ」

と言ってくれるではないか。
そして8時に来ることを約束して別れる。

帰りのバスの中、彼らの姿を思い浮かべながらこんなことを考えた。

人はどんなに過酷な仕事であっても自分の役割がそこにあればそこが居場所になるのではないだろうか。
そして自分にはこれしかない、これしかできないという思いと潔さがあの姿に繋がっているのではないか。
だからこそあんなに過酷な仕事を毎日のようにこなせるのではないかと。
本当のところは分からないし、人それぞれだから何とも言えないが、僕なりの一つの答えが出たような気がした。

ご飯(もちろんカレー)を食べ宿に帰りシャワーを浴び一段落すると心地よい疲れが睡魔を誘い、泥のように眠った。


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by yoshida-akihito | 2013-01-21 01:04 | 旅日誌
2013年 01月 19日

2013年1月15日 Worker's Body

1月15日
起床8時。
シプさんの家を9時に出て、昨日に引き続き、バスに乗ってレンガ工場へ向かう。
到着すると工場の労働者達が

「お〜今日も来てくれたのか」

と、笑って迎えてくれる。
その笑顔とは裏腹に彼らの仕事は本当に過酷で危険で正直笑ってる場合じゃない。
でも笑える彼らがすごいなあと素直に思う。
彼らの置かれた状況は決して恵まれたものではないし、問題点を上げればきりがないのだが、僕は単純に生きていくためにがむしゃらになって働く彼らの姿にただただ感動し、かっこいいと心から思うし、それを写真に収めたいなと思う。(正直、あまりにも感動して涙がポロリ)
彼らの姿を注意深く見ていると、人間の手や足や肉体全ては「働く」ために特化し発達してきたんじゃないかと思う。
それぐらい彼らの手や足や肉体は「働く」ための手や足や肉体としての完成度が高いように思えた。

さて撮影を終え、バス停に向かうため大渋滞の道路をトボトボと歩いていると一台のバスが僕の横に止まり、クラクションを鳴らす。
ん?と思って顔をあげるとバスの運転手が

「写真、写真!!俺を写真に撮ってくれ!」

と言いながらバスを止め、いつ撮影されてもいいようにスタンバイしているではないか。
何のこっちゃ分からないけどその迫力に負けてとりあえず撮影してあげる。
撮り終えるとどんな感じで写ってる?と、モニター画面を見に来る。
そしてその写りに満足したのか、

「オーケー!!!」

と親指を立てて走り去って行った。
まぁどうでもいいけど、運転手に一言だけ言いたい。
後ろの車達はその間ずっと待ち続けて、クラクションの嵐だったことをあなたは知っているでしょうか。
a0236568_3391866.jpg

この人がその運転手です
そんなこんなで宿に帰り着き、ドロドロになった体を洗い流し、ご飯を食べに近くの食堂で済ませ、寝る。
何だかギャグのようなことが常に発生するバングラデシュが大好きだ。

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by yoshida-akihito | 2013-01-19 03:40 | 旅日誌
2013年 01月 17日

2013年1月14日 Wild Day

1月14日
8時起床。
近くのチャイ屋に行き、パンとチャイを注文。
しめて12タカ(約12円)なり。
100タカ札を差し出すと、おつりがないという。(バングラデシュでは細かいお金を持っておかなければ支払いができないことが多々ある)

「もう今日はいいよ」

とチャイ屋を取り仕切る14歳の女の子に12円おごってもらう32歳日本男児。
恥ずかしいやら、情けないやらそんな気持ちになりながら宿に戻り、撮影に行く準備を始める。

a0236568_2061140.jpg

チャイ屋の女の子


昨日、3日間の巡礼祭が終わったのだが、ほっと一息するのも束の間。
今日からはまた別の目的のために撮影を行う。
以前、バングラデシュに来た時に「働く」というテーマで撮影を行ったのだが、今回も前回に引き続き労働者の姿を追いたいと思っているのだ。
バングラデシュには僕を惹き付けてやまない労働者がまだまだたくさんいるので今日からまた大忙しだ。

ということで、ボロボロの路線バスに乗って事前に調査済みの目的地へ行く訳だが、バングラデシュのバスはかなりワイルド仕様だ。
バングラデシュのバスには運転手の他、必ず料金徴収の車掌が1〜2人乗り込んでいる。
車掌は大声で行き先を繰り返し叫び、車両をバンバン叩いて客寄せを始める。

「トンギートンギートンギートンギー、トンギーにいくぞ!早く乗れ!!トンギーだぞ。トンギートンギートンギートンギー!!」

もう分かったから頼むからもうトンギーって言わないでと思うぐらい血気盛んにまくしたてる。
そしてその客寄せの結果、これでもかというぐらいギュウギュウに乗客を集めるとそれらを小さな車内にギュウギュウ詰めに閉じ込め、一人として取りこぼすことなく料金を徴収しに来る。(彼らの凄い所は誰がどこから乗ったかを全て覚えていること。そして乗客としょっちゅう料金のことで喧嘩すること。何回喧嘩の現場見たことでしょう・・・)
そして運転手は派手なクラクションをガンガン鳴らしながらタバコをスパスパ吸い、大混雑のグチャグチャな道路を巧みに走り抜けていく。
もうバングラデシュのバスはそれだけで一種のエンターテイメントだ。

そんなワイルドバスに揺られること30分。
目的地へ。
今回はレンガ工場を撮影する。
ズカズカと入っていき、レンガ工場の労働者達とすぐに仲良くなって、撮影開始。
15時に帰宅。

16時半、前回バングラデシュに来た時に仲良くなったバングラデシュの芸術家シプさんの家に向けて出発。
シプさんは8年間日本で芸術の勉強をしていたことがあり、バングラデシュで有名な芸術家である。(日本にも彼の作品が展示されている場所がある)
16時半に出発したのに、大渋滞につかまり到着したのが20時。

久しぶりのシプさんとその奥さんと再会し嬉しくなる。
夕食を食べ、バングラデシュの地酒を飲みながら語り、0時シプさんの家にて就寝。


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by yoshida-akihito | 2013-01-17 20:08 | 旅日誌
2013年 01月 17日

2013年1月11日〜13日 ISLAM

2013年1月11日〜13日

今回僕の目的の一つに、このイスラム教国・バングラデシュで行われるイスラム大祭の撮影がある。
この大祭、3日間続けてあり、バングラデシュ全国からはもとより、世界各国のイスラム国の人間達が集まってお祈りを捧げる巡礼祭である。
ちなみにイスラム教最大の巡礼祭はサウジアラビアのメッカ巡礼で、ここバングラデシュの巡礼祭が世界で2番目の規模である。3日間で何と400万人集まる。
ちなみにあまりにも人が多すぎて大混乱をきたすという理由で、前年から2回に分けて行われるようになったようだ。

昨日僕が危惧していた、「撮影ができないかもしれない」という懸念は「宗教」というちょっとデリケートな部分に触れるからであり、こういうものには制約がつきものだからである。

さて、その大祭である。
結果から言うと、撮影の方はできた。
しかし、「順調に」というわけではなく、やはり大事な宗教行事だからだろう、カメラを持っているだけで屈強な男達に囲まれ、

「撮影禁止だぞ!」

と言われ、出鼻をくじかれること多数。
それならばと、まずは彼らと打ち解けてお互いいい雰囲気になったところで何とか撮影に持っていこうとするもカメラを構えると

「おいおい、それはだめだぜ」

と言われる。
くそ、それならばとノーファインダーでシャッターを押し撮影すると、全く見当違いのものが写っていて、踏んだり蹴ったり。
ということで場所を変え、巡礼祭の様子を俯瞰できるビルの上から撮影。ここは大丈夫だった。
そしてたまたま僕が上がったビルにはロイター通信社やAFP通信社のカメラマンがたくさんいて、僕の姿を見るや、

「こっち空いてるぜ!」

と、同じカメラマン同士のよしみで快く迎え入れてくれる。
おかげで何とか無事に祭礼の様子を撮影できた。

それにしても凄まじい人間の数の多さを前にただただあっけにとられるばかりであった。
人間の熱気が大地を揺るがし、空を突き破らんばかりに渦巻き、会場も会場外も全てがエネルギーに満ちあふれていた。
そしてそのエネルギーは「祈り」の形となって神に捧げられるのである。
そんな人間の祈りの姿を見ているとあぁ、神様ってほんとにいるんだなと思えた。

それから更に凄まじいのは3日間の巡礼祭が終わったあと。
「怒濤」という言葉はきっとここから生まれたんじゃないかというぐらい、祈りを終えた人々が帰っていくその光景は形容しがたいほど凄まじかった。

とにかく、3日間に及ぶこの巡礼祭の一部始終の中に身を置き、この目で見ることが出来たのは幸運だった。
そして、ぐったりと疲れたのである。


追伸:たくさん写真をお見せしたいですが、雑誌などで発表しますのでその時を楽しみにしていて下さい。とりあえずこの一枚。
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巡礼祭が終わり、列車で帰る人達。もちろん上の人達は無賃乗車。


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by yoshida-akihito | 2013-01-17 00:18 | 旅日誌
2013年 01月 15日

2013年1月10日 Where are you going??

2013年1月10日
バングラデシュ滞在3日目。
起床8時。

起きてすぐ朝食を食べに宿近くのチャイ屋に。
平べったくて少しだけ甘いパンと、甘ったるいチャイを飲み、とりあえずお腹を膨らませる。
宿に帰り、カメラ2台、メモ帳、筆記用具を入れリュックに詰め込み、さあいざ出発というところで、宿のバングラ人スタッフにつかまる。

「先日、日本製カメラを買ったのだが、バッテリーがついていなかった。俺はどうしたらいいんだ」

という窮状を約10分間聞かされる。

「Amazonで検索して輸入しろ」

という多少強引なアドバイスを授け、彼を振り切るように出発。

今回の撮影対象となるところへ向けてひたすら歩く。
ものすごく埃っぽくて、鼻の中が一瞬で真っ黒になり、肩からぶら下げているカメラも一瞬で埃まみれに。
車やリキシャやバイクが縦横無尽に道をゆき、交通ルールなんてあったもんじゃない。危なっかしくてしょうがない。

「ヘイ、ブラザ〜!!どこからきたんだ??」

道行く人、道行く人が物珍しさもあって、ガンガン声をかけてくる。
いや〜これだよこれ、バングラデシュは。なんてことを思い、嬉しくなりながらもそれらにいちいち答えていては身がもたないので、全部

「バングラデシュ!!」

と答えることにしている。
そうすると大概「え!?」と不意を突かれたようにキョトンとした顔をするので、その隙を狙って足早に去る。
そんな風に適当にあしらいながら約1時間かけて目的地へ。

今日は撮影するというよりも、軽い下調べを行う。
ある程度予想はしていたが、下調べを行いながら今回の撮影対象は撮影が難しいかもしれないと思い始める。
被写体をどのように撮るかとか、迫るか、組み立てるかということ以前にそもそもシャッターを切ること自体ができないかもしれない。
どうしたもんかなと思いつつ、こういう時は難しく考えてもうまくいかないことが多いのでとりあえずこの場所の雰囲気と流れを体に沁み込ませるために心と体の赴くままに歩き回る。
きっと突破口はあるはずだ。

約4、5時間程ウロウロと歩き回り、帰路へ。
なじみのチャイ屋に行き、ほっと一息。
それからおいしいフライドチキンを出す店に行きお腹を膨らませる。
歩き回ったせいか、21時くらいには睡魔が襲ってきて早々と就寝。
さて、明日から本格的な撮影の開始である。


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by yoshida-akihito | 2013-01-15 22:58 | 旅日誌
2013年 01月 13日

2013年1月9日  Sleep day

起床8時。
歯磨き、洗顔、朝食を済ませ1時間程ボーッと過ごす。
さて今日から撮影開始!といきたいのだが、なぜか体が重い。
前日ラビさんの家でお酒を飲み過ぎた影響はそんなにないはずなのに、体が動こうとしない。
長いフライトのダメージか、ここ最近の忙しさか、ただ単に億劫なだけか知らないが、こういう時は体の声に抗わない方がいいと思い、えいやっと決心をしてベッドに横になる。とにかく今日という日は寝よう。
寝て、寝て、寝て、馬鹿みたいに睡眠をむさぼり続けた。

15時起床。
このまま寝ていてはやっぱりだめだ。
ちょっと歩こう。
そう決めて起き上がり、外へ。
すさまじい活気というか、無秩序というか、ごった煮というか、とにかくカオス状態の街を懐かしく、新鮮に感じながら歩く。
野蛮でうす汚れていてくすんだこの街が僕は大好きだ。
街全体がダイナミックな「生」を開けっぴろげにして生きているからだ。
富める者も貧しき者もこの混濁の街の中に一歩足を踏み入れれば皆一緒くたになり、灰色の空の下、このカオスの一部となるのである。
そこには富者も貧者も関係ない。
人間のエネルギーが街全体を覆いつくし、妖しくエネルギッシュにこの街を彩っている。
つまりこの街は「人間」の街なのである。
そこに僕はどうしようもなく惹かれてしまうのである。

さて、この薄汚い街を歩きながら小腹が減ったのでどこか適当な食堂はないかと探していると、ケバブ屋が目に入る。
おいしそうだなと思い、店に入り早速注文する。

「ケバブプリーズ」

と確かに言ったはずなのになぜかご飯とチキンスープカレーが出てくる。

「おい違うじゃないか」

と言えばいいのだが、面倒くさいので、代わりにチッと軽く舌打ちをして、
モゴモゴ食べ始める。
意外にうまいし、お腹も膨れたので、間違って注文されたこともあっけなく忘れ、上機嫌で店を出る。
それにしてもこうして思い返してみると自分という人間の単純さに多少悲しくなってくる。

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店を出た途端、お腹の下あたりがギュルルと唸り声を上げる。
黄色信号点滅ということで急いで宿に帰る。
トイレにこもる。
すっきりして、ベッドに横になり、司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」の続きを読み始める。
いよいよ薩長同盟なるかというところまで読んだあたりで睡魔に襲われダウン。もう何十回と読んだからだろうか、展開が分かりすぎてもはや司馬遼太郎先生の名著はいい睡眠剤である。すみません司馬先生。
そのまま朝まで就寝。
ただの睡眠日記でした。


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by yoshida-akihito | 2013-01-13 20:20 | 旅日誌
2013年 01月 12日

2013年1月8日その2(Bangladesh Night)

「吉田さん、行きましょうか」

ベッドに横になっていた僕に声をかける人がいる。
時計をみると23時。
寝ぼけ眼で声の方に目をやると男性がもう一度、

「行きますか〜?」

と声をかける。
男性は西蔵さんという日本人の方だった。
僕が泊まっている宿はバングラデシュに唯一??ある「ながさき」という日本人宿で、西蔵さんはこの宿のスタッフの方だ。
「ながさき」は日本料理レストランも併設してあり、バングラデシュ駐在の日本人御用達の場所となっている。
店名が示すように長崎県出身の田中さんという女性がここのオーナーだ。

「あ、ちょっと待ってください。準備しますから」

そう言って僕は準備をし、宿を出て、西蔵さんと真夜中のダッカを歩いた。
外は肌寒く、霧が出ている。吐く息も白い。
冬のバングラデシュがこんなに寒いとは思わなかった。

僕たちが向かった場所は一軒のマンションだった。
エレベーターで上階まで行き降りると重厚な作りの扉があった。
ジジジっと玄関ベルを鳴らし、しばらくするとドアが開く。
そこには懐かしい顔の人が立っていて、

「やあ、ようこそ。久しぶりだな」

と嬉しそうな声を上げる白髪で髭面の壮年男性がいた。
彼の名前はラビさん。整形外科医だ。
以前バングラデシュを訪れた際彼と知り合い、ずいぶんお世話になった人である。
ラビさんはバングラデシュで一番優秀なダッカ大学医学部を首席で卒業。
その後日本に渡り長崎大学の医学部に勤務し、10年間日本で暮らした経験を持つ。
日本暮らしの後は再びバングラデシュに戻り整形外科医として活躍している。
現在自分の病院を持ち、2つの総合病院でも勤務医として働く他、各国大使館の専属医という顔も持つ。
これだけ働くのには理由があって、彼はここで稼いだお金のほとんどを貧しくて医療を受けられない人々のために使っているのだ。
僕も何度か彼の個人病院に行ったことがあるが、本当にたくさんの貧しい人が診察に並んでいた。
大げさでも何でもなく、ラビさんはバングラデシュのシュバイツァーのような人なのだ。

「ちょっと、大人になったなぁ」

と、流暢な日本語で半年ぶりの僕を見て言うシュバイツァーじゃなくて、ラビさん。
半年間でそんなに老け込んだかなと軽くショックを受けていると、

「まぁ、座って座って。久しぶりだなあ」

と、嬉しそうなラビさん。
テーブルに座るとお酒を用意してくれて、早速話し始めるラビさん。
長崎での10年余りの出来事、最近のバングラデシュのこと、英語が堪能になる勉強の仕方などなどラビさんの話が尽きることはなかった。
その中でも一番心に響いたことが仕事に対してのラビさんの持論。
誰にも負けるな、信じた道をコツコツと歩め、継続しろ、そして誇りを持て。
俺は常にそう思って仕事をしてきたと。
さすがシュバイツァーじゃなくてラビさんの言うことには重みがある。
何だか自分自身に言われているようで身の引き締まる思いだった。
そんなこんなで、バングラデシュ初日の夜は5時まで続いた。

それにしても今日という日はなんて長い一日だったんだろう。
精根尽き果て、泥のように眠り、この長い一日がようやく終わった。

明日に続く・・・

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by yoshida-akihito | 2013-01-12 00:32 | 旅日誌
2013年 01月 12日

2013年1月8日その1(Hello Bangladesh)

夜中1時に到着した昆明空港。
さてこれから一晩空港内で明かすかと思案しているところに・・・。



「今夜、どうしますか?」

声をかけてきたのは、僕が間違って乗っていたバスから救ってくれた男性だった。
明らかに日本人とは違う顔立ち。
というか、インド系。
それにしては日本語がうまい。

「あ〜、え〜っと、空港で一晩明かそうかなと思ってたんですが・・・」

「そうですか。一晩100元で泊まれるところがあるんですが、私はそこに行こうと思ってます。もしよかったらどうですか」

「あ、じゃあ行こうかな〜」

何だか悪そうな人ではなさそうだし、空港で一晩明かすのも嫌だったのでその男性に着いていくことに即決定。
そして僕の他にも関空から一緒だった日本人の搭乗者数名も一緒に行くことに。
即席ツアー団体はその男性の先導のもと宿を目指すことになった。

その男性の名前はカンさん。
バングラデシュ人だった。
カンさんは大阪在住で日本人の奥さんがいて、IT関係の仕事と某衣料会社のデザインなどの仕事をしており、京都好きで、愛妻家で、愛煙家で、明るく、適当で、清々しい人だった。
仕事のためにこれから数ヶ月バングラデシュに帰るところらしかった。

カンさんと僕たち即席ツアー一行は宿の迎えの車に乗り込み、夜の昆明を猛スピードで走った。
いつも海外に出る度に思うけど、なんでこんなに海外の人って車の運転がワイルドすぎるんだろう。
とにかく猛スピードで走ってくれたおかげでものの10分で宿に到着した。

宿に到着して出迎えてくれたのは、これまたバングラデシュ人。
何とこの宿はバングラデシュ人が経営している宿だったのだ。
中国なのに、もうバングラデシュ・・・。
そして遅すぎる夕食をそのバングラデシュ人が作ってくれた。
もちろんバングラデシュ料理・・・。
スパイシーな料理が疲れた体に追い打ちをかけるように鞭をふるう。
胃も心も何だかよく分からないホットさに包まれ、就寝。

翌朝すっきりと起床。
ちょっとは中国の雰囲気を味わおうと、外を散歩。
中国風の住居に、漢字の看板が今、中国に居るんだなと思わせてくれたが何だか違和感が。
それもそのはず、歩いているのがバングラデシュ人ばっかりなのだった。
中国なのにバングラデシュ・・・。
ここはバングラデシュ人街なのだろうか。
謎に包まれたまま、宿を出発し、空港へ。
ダッカへ行くカンさんと日本人の板垣さんという方も一緒に。

チェックインを済ませ、搭乗口へ。
たくさんのバングラデシュ人達に混じって、飛行機へ。
中華料理の機内食をぱくぱく食べ、ペプシをひと飲みしたところで、昨日読みかけてた司馬遼太郎先生の「竜馬がゆく」をもそもそと取り出し読み出す。
竜馬が薩長同盟案を思いつき、長州の桂小五郎のところに談判しに行ったあたりで力尽き眠る。
気がつけば薄靄がかかりくすんだ色のダッカの街並が窓から見えていた。

予定より約1時間遅れて、13時50分ダッカ到着。
タラップを降り、バスに乗り込む。心地よい暖かさだ。
空港内に入り、入国審査の列に並ぶ。
凄まじい人、人、人。
そして入国審査官はたくさんいるのに遅々として進まぬ入国審査の列。
小一時間待ってようやく入国完了。
そして荷物の受け取りに30分。
ようやくやっとのことで空港の外へ。
そこにも凄まじいまでに人、人、人、人、おまけにもう一つ人!!
黒山の人だかりとはまさにこのこと。

「この3日間ほど、空港の職員のストライキがあったみたいですね。働いている職員の数が通常より少ないからこんなに混んでるです。国内線は完全にストップしてるみたいですね」

と教えてくれたのはカンさん。
それにしてもしょっぱなからパンチ効いてるぜ、バングラデシュ。
その人だかりを何とか抜けて、カンさんの迎えの車に乗せてもらい宿まで送ってもらうことに。

「今日はストライキだからタクシーもほとんど捕まらないし、よかったですね〜」

とカンさんが言うように、本当にラッキーだった。
出会いは旅の醍醐味の一つだが、日本を出発して早々その醍醐味を味わいつつ、宿まで送ってもらい、カンさんと板垣さんに別れを告げた。

宿の到着し、疲れた体をドミトリーベッドに横に寝かせ、しばしの休息。
長い一日だった。
しかし、この長い一日にはまだまだ続きがあるとは、薄暗い部屋で横になっている僕には知る由もなかった。

明日に続く・・・。



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by yoshida-akihito | 2013-01-12 00:31 | 旅日誌